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月刊「現代」の対談記事

 昨年10月の朝鮮の核実験、そして6者会談での「2.13合意」を契機とした急速な情勢変化に平壌市民も高い関心を示している。しかし、平壌から日本を眺めていると、無策な外交を反映したかのようなメディアの迷走が際立って映る。

 日本のメディアの多くは、6者会談などでの朝鮮の外交を「瀬戸際外交」「物乞い外交」と煽り立てるだけで「2.13合意」の本質が見えていないようだ。ミサイル発射訓練(昨年7月)と核実験以降は、制裁を声高に叫ぶ日本政府に同調し「危機」を演出し続けた。ねつ造やわい曲による「何でもあり」も定着してしまった。

 月刊「現代」3月号掲載の鈴木、佐藤両氏による対談はその典型例だ。対談は昨年12月27日付の本コラムも取り上げ、記者が書いたイギリス人が「工作員」であると断定的に語られ、「平壌のホテルで夜のカラオケというのは『情報交換の場』以外のなにものでもない」との呆れたねつ造、無知ゆえの思いこみの論理が展開されている。

 平壌を訪問した在日同胞の多くがその存在を知る当のイギリス人弁護士は、1990年代後半から英語圏の投資家、企業家を対象にした対朝貿易コンサルティングを行っている。身元がはっきりしており、何よりも彼の10年間にわたる平壌での活動実績が「工作員」でないことを示している。

 朝鮮関連報道が、常にこうした自称朝鮮専門家らの生活の糧として利用されていることを再認識させられた。恥だと思わないのだろうか。(泰)

[朝鮮新報 2007.3.12]