中山・元文科大臣のわい曲と本音 琴秉洞 |
「従軍慰安婦たちは大もうけをした」 野卑な発想、狂信の時代を甦らせる
さる4月20日、家でたまたまテレビを見ていたら、国会での質疑が始まった。衆議院での「教育再生に関する特別委員会」である。最初の質問者は自民党の中山成彬氏である。中山氏は、文部科学大臣をやった人で現在は自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の会長として「従軍慰安婦」問題では否定派の重鎮である。政府側席には安倍晋三首相をはじめ10人ばかりの大臣が並んでいる。 中山氏は幾つかの質問の後、予想通り「慰安婦問題」に言及した。「今、安倍総理もいろいろと、本当に宸襟を悩ませているんじゃないかと、こう思うわけでございます。今、アメリカの下院におきまして、日本のいわゆる『従軍慰安婦』の非難決議案が出ていまして、安倍総理に謝罪を求めているわけでございます」と切り出したのだが、私が驚いたのは中山氏が安倍首相に宸襟という言葉を使ったことだった。日本では宸襟という文字は「天皇のみこころ」「天皇の御心」という意味である。「朕」という文字同様、天皇にしか使ってはならぬ文字、言葉である。 中山氏はたしかどこかの大学を出たという。それに文教府の長であった人である。知らずに使ったのなら文教府の最高責任者としてあまりにもお粗末である。知って使ったのなら、天皇に対し、大不敬者、大不忠者というそしりは免れない。さらに安倍首相を天皇に擬した大おべっか者であるということになろう。また、「この従軍慰安婦という言葉が、もともとなかったんですけれども、初めて出てまいりましたのは、1983年に吉田清治という人が…本を書かれた」と物知り顔で宣わった。
「従軍慰安婦」という文字が初めて使われたのは1973年、千田夏光氏が同題名で本を出した時からである。中山氏は「慰安婦問題」と関連して「私は三つのことを申し上げたい」とし、@は、当時は公娼制度のあった時代で、売春は商行為として認められていた。Aは、「慰安婦」と言われる方々、ほとんど日本人だったんですね」という。Bは、「悲惨な境遇の女性たち、同情を禁じえないし、本当に大変だったんだろうと思う」といっておいて、「しかし一方で、そうでないところというのもある」として、「慰安婦」が一般の兵隊の給料の100倍も「もうかる商売であったということも実は事実でございます」というのである。@は、たしかに当時は公娼制度があり、売春は商行為という側面もあるが、「慰安婦」のほとんどは国際法で禁じられている人身売買か、強制によるものである。これを商行為だけと強弁している。Aの慰安婦のほとんどは日本人女性だった、といういい分は、完全にねつ造である。 日本女性が多かったとする論拠は、彼らが目の仇にして攻撃してやまない「河野談話」にあると思われる。「河野談話」には「慰安婦」の出身地について「日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていた」とある。たしかに、これでは日本女性が多かったととれなくはない文面である。Bは「慰安婦」は大もうけをしていたとの論についてである。中山氏はビルマ戦線での米軍記録によるとして、「慰安婦の一カ月売り上げが1500円、これを経営者と慰安婦で半々、五分五分で取っていた。だから、750円、慰安婦の手取りだったと。当時、日本の一般の兵隊さんたちの給料というのは7円50銭…、100倍の違いがあるわけですね」という。たしかに、1997年2月に内閣官房が出した「慰安婦」資料にはビルマの項で米軍の調査記録が記載されている。しかし、「慰安婦の平均収入は月当り、300〜1500円であった」と原文では記されている。 中山氏のいい分はウソではないにしても、大きくわい曲されていることがわかる。で「慰安婦」商売はもうかる、という論になる。 この論の代表格は安倍首相の有力ブレーンをもって任ずる岡崎久彦氏である。「敗戦で無に帰したケースもあろうが、無事に帰ればそれぞれ自前の店を持つぐらいの資産を貯められた」(産経新聞「正論」07年5月14日付)。さらに6月5日、東京都内の講演会では、「カネをためて自分のキーセンハウス(韓国の売春施設、原註)を開いたやつが報告するはずもない」(朝日新聞6月6日付)と「慰安婦」にされた女性を「やつ」呼ばわりである。 「秘録大東亜戦史・ビルマ篇」で従軍記者丸山静雄氏は「ミッタン突破作戦」中で「濁流に消える慰安婦」という項をたて、「慰安婦」たちが、次々と「その身体は忽ち濁流にのまれていた。…彼女たちはいづれも軍票を身体にしっかり巻きつけていた」(1953年、富士書苑)と書いた。そう彼女らがもらっていたのは、おカネやお札ではなく、軍票であった。軍票は、日本敗戦とともに紙クズになった。岡崎氏や中山氏にはこういう事実は見えないのか。 中山質問では言及したいことが幾つかあるが省略して最後に一つだけ、ダブルスタンダードの件について触れたい。「安倍総理ぜひ、日本人というのはすぐ謝るんですね、…、国際政治においては、謝ったら、…、賠償はどうするんだという話になるんです。われわれ日本人というのはそういう意味で本当にダブルスタンダードの中で生きていかなきゃいかんなと、こう思うんです」とある。テレビで「ダブルスタンダード」(二重基準)という語を聞いた時は、一瞬、耳を疑った。「安倍首相よ、政治家はダブルスタンダードを、国際的にも国内的にもやったらいけませんよ、信用を落します」というのだろうと思ったものだ。ところがどうだ、これをやれとけしかけているのだ。なるほど、つじつまは合っている。 中山成彬氏は「慰安婦」、妻の中山恭子氏は拉致問題である。このご両人はダブルスタンダード実践のモデルであった。この重大なダブルスタンダード発言をテレビも新聞も問題にしていないのを、マスコミの怠慢なのか、堕落なのかが今もって判断できないでいる。平然と人をおとしめ、人を卑しめる、下卑た発想はその人物自身の品性、品格から生じたものと思う。あの狂信の支配した時代のある種の復古型、日本人の典型が「美しい国づくり」の理想像として甦ってきたように思う。日本のために残念なことだが。(朝・日近代史研究者) [朝鮮新報 2007.7.13] |