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関東大震災84周年 各地で追悼集会

過去清算し、政治弾圧中止を

 関東大震災時、多数の朝鮮人が虐殺されてから84年にあたる1日、東京、千葉、埼玉で追悼集会が行われた。参加者らは、犠牲となった朝鮮人を追悼するとともに、日本当局が総連と在日同胞に対する不当な政治弾圧と人権じゅうりん行為を敢行している今日の状況は、当時を彷彿させるものだと厳しく非難した。そのうえで、日本の過去の罪業を永久に記憶し、日本当局の弾圧策動に立ち向かう決意を新たにした。(取材班)

東京

追悼集会には約200人が参加した

 東京都横網町公園内の在日朝鮮人慰霊碑前で開かれた東京同胞追悼集会には、総連中央の高徳羽副議長兼権利福祉委員会委員長、総連東京都本部朴昌吉委員長、中央団体、事業体および都下の活動家や同胞、東京朝鮮第5初中級学校の生徒代表など約200人が参加した。日本を訪問中の在米同胞全国連絡会・尹吉相会長も同席した。

 参加者全員による黙祷が捧げられたあと、追悼の辞を朴昌吉委員長が朗読した。

 朴委員長は、震災の混乱の中、東京に限っても朝鮮人という理由だけで約1400人もの同胞が亡国の傷を負ったまま虐殺されたと述べた。そして、いまに至っても謝罪と補償はおろか、真相の究明さえなされておらず、昨今の在日同胞に対する弾圧と人権じゅうりんは震災当時を彷彿させるものがあるとし、日本当局に対し問題の根本的是正を要求した。

 続いて、初鹿あきひろ・日朝友好促進都議会議員連盟事務局長、日朝友好促進をすすめる23区議員連絡会代表世話人の江口済三郎氏が来賓のあいさつをした。

 初鹿事務局長、江口代表は、震災は人災でもあったと述べ、二度と繰り返してはならない歴史の教訓であると強調、そのためにも手に手をとりあって地域からの友好関係を築いていこうと呼びかけた。

 また、過去の歴史を忘却することなく、代を受け継ぎ、民族の尊厳と権利を守り抜く覚悟を込めて青年代表2人が決意表明をした。

 最後に哀悼の意を込め、献花が行われた。

千葉

犠牲者を追悼し黙祷する参加者

 船橋市営馬込霊園内にある同胞慰霊碑の前で行われた追悼集会には、総連中央の李沂碩副議長兼事務総局長と総連千葉県本部の河秀光委員長、県下の総連活動家と同胞、千葉朝鮮初中級学校の生徒代表、日本市民ら約150人が参加した。

 集会では黙とうに続き、総連西部支部の康春和委員長が追悼の辞を朗読した。康委員長は、大震災当時、日本の軍隊と警察、ひいては「自警団」までが罪もない同胞たちを虐殺したと述べながら、千葉県だけでも356人の同胞が犠牲になったと指摘した。

 また、2003年、日弁連が勧告したにもかかわらず、いまだに謝罪と補償はおろか、真相究明すらしていない日本政府を非難。今日に至っては、数百人の警察官と多くの警察車両を動員し総連関連施設に対する強制捜索を敢行していると糾弾した。

 そのうえで、朝米関係など朝鮮半島を取り巻く情勢が好転していることに触れながら、祖国統一を成し遂げ、犠牲となった同胞の恨みを晴らそうと訴えた。

 集会では、日朝学術教育交流会の横堀正一事務局長が弔辞を述べたほか、参加者ら全員が献花、焼香し犠牲者を追悼した。

埼玉・大宮

常泉寺で行われた慰霊祭

 さいたま市見沼区の常泉寺で中部支部大宮東分会主催のもと行われた大宮慰霊祭には、大宮東分会をはじめとする中部支部傘下の同胞ら約30人が参加した。

 慰霊祭では、総連中部支部の李尚魯総務部長が常泉寺に建てられた関東大震災朝鮮人犠牲者慰霊碑について説明した。

 常泉寺に建てられた慰霊碑は、震災直後、「朝鮮人が放火した」「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマが流され、朝鮮人が無残に虐殺された事件が相次いで起こったことから、東京から大宮市片柳に逃げてきたものの、日本人に発見され竹槍、日本刀、棍棒などで殴られ9月4日に亡くなった姜大興氏を追悼して建てられた碑である。

 参加者らは黙祷を捧げ、大宮東分会の林東英分会長が追悼の辞を述べた。

 林東英分会長は「父母、妻子、兄弟たちと別れ、異国の地で苛酷な日々を過ごし無残にも虐殺された同胞たちを思うと胸が張り裂けそうだ」と述べながら、「私たちは二度とこのようなことが起こらないよう血の教訓を後代に伝え、進歩的な日本の人々と協調していきたい」と語った。

 続いて参加者たちは霊前に焼香し、犠牲者の冥福を祈った。

埼玉・熊谷、本庄、神保原

 埼玉県の熊谷、本庄、神保原でも関東大震災朝鮮人犠牲者慰霊祭がそれぞれ営まれた。合わせて同胞240余人が虐殺されたこれらの地では、熊谷市、本庄市、上里町の主催のもと、総連北部支部と民団県北支部が合同で参加し慰霊祭が行われてきた。今年は総連埼玉県本部の李政晩委員長と民団埼玉県本部の鄭平普団長をはじめとした同胞らと、富岡清・熊谷市長、吉田信解・本庄市長、関根孝道・上里町長、地方議員らをはじめとした日本人ら、約450人が参列した。

 慰霊祭では、各首長らと総連北部支部の李明光委員長、民団県北支部の趙栄来団長が追悼の辞を述べ、参列者が犠牲者を追悼し花を捧げた。

 李明光委員長は「なぜこのような大虐殺事件が起き、何の罪もない同胞たちが無惨にも犠牲にならなければならなかったのか。二度と繰り返させないよう血の教訓を新しい世代に伝えていこう」と述べた。そして、6者会談と10月に予定されている北南首脳会談に言及し「祖国統一の機運が高まる今日の政治情勢は朝・日国交正常化にも肯定的影響を与える。過去の歴史的教訓をそれぞれ正しく心に刻み、大局的、歴史的、人道的見地に立って、真の友好と親善関係を深めていかなければならない」と述べた。

 富岡清・熊谷市長は「暗い過去への厳粛な反省のうえにたち、再びこのような惨禍が起きないよう、犠牲者と遺族らの悲痛な思いを風化させてはならないと決意を新たにした。同時に、諸外国の方々との交流、友好関係を積極的に推進し、人間相互の尊重と理解を深めていきたい」と述べた。

[朝鮮新報 2007.9.5]