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横田めぐみさんの遺骨DNA鑑定問題 経緯と経過 −1−

日朝交渉阻む原因 早期解決を

 「熊本県朝鮮会館問題を考える市民の会」の永好和夫さんが先頃発表した論文「横田めぐみさんの遺骨問題における科学的考察と今後の課題」の詳細を、今号から5回にわけて紹介する。

 1、はじめに

横田めぐみさんが火葬された平壌郊外のオボンサン火葬場

 本稿は、日本人読者にこの問題を正しく理解してほしいとの意図から執筆したものであることを断っておきたい。

 近年、朝米関係が6者会談、朝米2カ国協議を通して、対立、緊張から共存、平和へと向かっている。

 平和条約を通して朝鮮戦争を終結させ、朝米国交正常化へと向かう動きは、朝鮮半島の南北の統一を促し東北アジアの国々の平和と友好にとって誠に好ましいことである。

 一方、日朝関係は「拉致問題」で膠着し、6者会談の日朝作業部会、日朝2カ国協議でも一向に折り合いがつかず、日朝国交正常化への展望は開かれず、現在も鋭い対立状態にある。

 その最大の根源は、朝鮮民主主義人民共和国(以下『共和国』と記す)政府が日本政府に渡した横田めぐみさんの遺骨のDNA鑑定をめぐる問題にあると考えられる。

オボンサン火葬場を訪問し、関係者を取材する日本の記者団(06年7月)

 共和国政府の、拉致被害者8人は死亡しているという報告にもかかわらず、日本政府の、帰国していない被害者はまだ生きているという主張に、横田めぐみさんの遺骨問題が根拠となっているためである。

 この問題は、海外では科学専門雑誌「ネイチャー」などで取り上げられ、政治が科学へ干渉して実験事実を歪曲していることが指摘されてきたが、日本の科学界では広く議論されることなく、日本政府の見解が一方的に主張され、現在においても日朝交渉を阻む大きな原因になっている。

 このように遺骨問題を解明していくことは日朝交渉を発展させるうえで重要な問題であると考えられる。以下、この問題を振り返って科学的に考察し、今後の課題について考えていくことにする。

 2、遺骨問題の経緯のあらすじ

 横田めぐみさんの遺骨は2004年11月14日、日朝政府間実務接触に参加するために平壌入りした日本政府代表団団長である藪中三十二外務省アジア大洋州局長(当時)にめぐみさんの夫から直接手渡された。

 日本政府は持ち帰った遺骨を刑事訴訟法等に基づき鑑定依頼書を出し、科学警察研究所、帝京大学、東京歯科大学にそれぞれDNA鑑定を行うように要請した。

 鑑定の結果、科学警察研究所は「遺骨が高温で焼かれたのでDNAを検出することができなかった」という結論を出し、東京歯科大学は、鑑定は困難という立場を表した。

 一方、帝京大学の吉井富夫元講師らは「横田めぐみさんのものとは異なる二種類のDNAを検出した」と発表した。

 この報告を受けて12月18日、日本政府の細田博之官房長官(当時)は記者会見を開き、「北朝鮮が横田めぐみさんのものであると提供した遺骨がDNA鑑定の結果、他の二人の骨が混ざったものであることが判明した」、さらに、DNA鑑定の結果は、「科学的、客観的なものである」と発表した。

 日本国内では、「共和国政府が偽物の遺骨を渡した」という情報がいたるところで流され、共和国に対する激しい憎悪、敵愾心が噴出した。日本外務省は2004年12月25日、北京駐在代表部を通して共和国政府に「北朝鮮から提示された情報、物的証拠の精密調査結果」と題した文書を送った。

 一方、日本のDNA鑑定については共和国内外でいろいろ議論され、日本政府の鑑定における疑問点がいろいろ指摘された。

 共和国政府は2005年1月24日、横田めぐみさんの遺骨として渡された遺骨が偽物であるという日本の見解に対して反論する備忘録「日本は反朝鮮謀略劇の責任から絶対に逃れられない」を発表した。

 これに対し、日本政府は2月10日、「北朝鮮側の『備忘録』について」(以下『日本政府見解』と略記する)と題して共和国政府の備忘録に対する反論を発表した。

 これを受けて共和国政府は2月24日、中国駐在日本大使館を通して日本政府に対し、「朝鮮の立場を公式通知/日本政府の遺骨鑑定結果は科学的論証が欠如」という見出しで日本政府の反論の科学的根拠の欠如を通告し、誤った鑑定結果に対する責任者の処罰と遺骨の返還の要求をした。

 このような中で、英国の科学雑誌「ネイチャー」2月3日号は、ニュース欄で、「DNAは日本と北朝鮮が拉致問題をめぐって衝突する焦眉の問題になっている」という見出しで東京駐在のデーヴィド・シラノスキー署名の記事を掲載した。

 同科学誌記者の取材に対して鑑定者の帝京大学法医学研究室の吉井富夫氏は、「火葬された標本の鑑定は初めてで、今回の鑑定は断定的なものとは言えない」と答えた。

 この記事が掲載された直後、当時の細田官房長官は記者会見で、「ネイチャーの記事は不適切な表現を含んでおり、科学者の発言を誤って書いている」「記事の中の意見は一般論であって、当該ケースについて述べたものではない」とクレームをつけた。

 この発言に対して「ネイチャー」は3月17日号で、「政治と真実の対決」の見出しのもと、「日本の政治家たちは、どんなに不愉快でも(DNA鑑定結果が)科学的に信頼できないことを正視しなければならない。彼らは北朝鮮との闘いにおいて外交的手段を用いるべきであり、科学的整合性を犠牲にすべきではない」という副題をつけて反論した。

 「ネイチャー」の記事をめぐっては、3月20日衆議院外務委員会でも問題にされ、民主党の首藤信彦議員は科学的客観性について質問し、科学的データの開示を求めたが、当時の町村外相は、「いちいち言う必要はない。鑑定結果になんら影響を及ぼすものではない」と答弁したに止まり、データは現在に至るまで公開されていない。

 4月になると、日本政府は吉井富夫講師を突然警視庁科学捜査研究所の法医科長に抜擢した。

 5月10日の朝日新聞によると、朝日新聞記者の取材申し入れに対して吉井氏は、「広報を通してほしい」と答えた。警視庁は吉井氏が着任して間もないため取材は受け付けないと回答した。

 国家公務員に対する取材は、秘密厳守義務を理由に拒否することができるという。「ネイチャー」の記者が吉井氏にインタビューができなくなったことに対して「ネイチャー」は4月7日号で、「転職は日本の拉致調査を妨害する」という見出しで日本政府を批判した。

 米国の雑誌「タイム」(アジア版4月4日号)も、吉井氏が用いた「ネステッドPCR」という方法は外部汚染の可能性が高いので、米国の法医学専門機関では用いられていないという、米国の専門家のコメントを紹介したあと、「吉井氏はコメントを断り、日本政府は鑑定書を公表しようとしない」と述べている。

 韓国ではこの問題に関して最高検察庁遺伝子分析室、国立科学捜査研究所の専門家の見解(韓国・連合ニュース2月27日)など多くのメディアが取り上げた。

 しかし、日本では「週刊現代」(3月19日号)など一部の雑誌が取り上げただけで、大手新聞社では朝日新聞が「めぐみさん『遺骨』で論争」という題で5月10日に遅まきながら伝えるなどあまり問題にされなかった。

 その一方で、04年12月18日に日本政府が発表した「遺骨が横田めぐみさんのものではないということがDNA鑑定により科学的かつ客観的に判定された」という報道は、NHKをはじめとするテレビや新聞、雑誌などで大々的に繰り返し報道された。

 それ以来、大々的な「反共和国キャンペーン」になり、遺骨問題はテレビや週刊誌、集会などを通して取り上げられ、共和国に対するさまざまな制裁、朝鮮総連および関連施設、在日朝鮮人に対する弾圧や暴行に拍車をかけ現在まで至っている。

 現在でも日本政府は、「拉致問題の解決とは、北朝鮮が死亡したと伝えた拉致被害者全員を生きて日本に帰国させることである」と言っているように、遺骨のDNA鑑定は科学的かつ客観的であるという立場である。

 安倍政権から福田政権になり、07年9月25日の閣僚人事で官房長官に前外相の町村信孝氏が選ばれた。

 町村氏は就任の記者会見で次のように述べている。

 「今でも覚えているが、あの偽の遺骨を送り返してきた時の怒り、衝撃。私は外務大臣として、誠に許せないという気持ちがものすごく強い」

 (『3、日本政府のDNA鑑定に関する見解』は略)

(熊本県朝鮮会館問題を考える市民の会、永好和夫)

[朝鮮新報 2007.12.5]