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〈みんなの健康Q&A〉 アルコール依存症(上)−中毒と依存の違い

 Q:忘年会や新年会と年末年始にかけてお酒を飲む機会が多かったのですが、アルコール依存症について教えてください。

 A:毎日、クリニックの外来診療をしていると、いくつか気がつくことがあります。そのうちの一つは、最近は「おとなしい」アルコール依存症の患者さんが増えていると感じることです。昔、アルコール依存症は「アル中」とも呼ばれていました。ですが、実は「アル中」とは医学的には「急性アルコール中毒」のことをいいます。いわゆる、新入社員や大学生などが新入生歓迎コンパで「イッキ飲み」を繰り返し、救急車で運ばれ、点滴等の身体的な治療が必要な状態の患者さんのことです。世間一般の方が認識する「アル中」とは、医学的には「アルコール依存症」が正式な呼び方です。

 例えば、懐かしい漫画に「あしたのジョー」というのがあって、「ジョー」のトレーナーがアルコール依存症だったと思います。ボクシングトレーナーの段平(ジョーに「おっさん」と呼ばれていましたね)は何度か断酒しましたが、挫折するたびに飲酒していました…。前置きが少し長くなりましたが、アルコール依存症と聞くと、酔って暴れる、仕事をしない、辛い事があったりする(無くても?)と酒を飲んで現実から逃避するなど、周囲を困らせる人たちをイメージしますが、最近ではめっきり「困ったアル中」は見かけなくなりました。しかし逆に、ちゃんと仕事など社会生活を営んではいるけれど、「アルコール依存症」と言わざるをえない患者さんが、このところ増えてきています。異口同音にみなさんが訴える相談内容は、そのほとんどが「不眠」です。

 Q:「不眠」ですか…。

 A:「酒は百薬の長」ということわざもあるように、程よく飲んでいれば、心血管系疾患(脳、心筋梗塞等)のリスクを下げるともいわれ、食事もすすみ、ストレスも解消されて、仕事の疲れも吹き飛んでしまうといったメリットもあります。「晩酌、寝酒で健康的に飲んでいる」という方がほとんどでしょう。しかし、なかには不眠傾向のある人で、「一度睡眠薬を服用してしまうと、癖になって止められなくなると恐ろしいから…」などと投薬治療を必要以上に怖がり、アルコールを睡眠薬代わりにしている人も意外と多く見受けられ、驚かされます。

 Q:アルコールも癖になるのですか?

 A:アルコールには習慣性があります。アルコールを一口飲んだだけで顔が真っ赤になる人もいれば、一升酒を飲んでも赤くならない人もいます。このように、アルコールを飲んだ時の反応には非常に個人差があります。アルコールが肝臓で代謝されると、「アセトアルデヒド」という物質に変化します。これは悪酔いした時の不快な症状の原因となっている物質で、顔が赤くなる、ならないはこの物質の分解酵素をもつ個人差によるものなのです。この毒性の強い物質のままでは体に悪影響を与えますから、アセトアルデヒドを分解する酵素である、「アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)」が働き、最終的に無害な水と炭酸ガスにまで分解するのです。

 しかし、ALDHのひとつが先天的に欠損しているために、アルコールを飲むと体の中にアセトアルデヒドが貯まってくる人もなかにはいます。この人たちは少量のアルコールを飲んだだけでも、すぐに顔が赤くなったり、動悸がしたりします。こういったタイプは、欧米人では非常に少ないのですが、東洋人には比較的多く、約半数の人がこのタイプであると言われています。

 Q:お酒は飲みつづけると強くなる、といったものではないのですか。

 A:ALDHの欠損がなければ、多少酒に弱い人でも毎日飲んでいるうちに、少しずつ強くなってくるものです。これを「耐性の上昇」と呼び、不眠や苦痛を取り除くために以前と同じ効果(酔う、眠る)を得ようとして、身体が徐々に多くの量を必要とするようになるのです。アルコール依存症とは、「自分では止めようと思っているのに止められない」状態、つまり飲酒に対するコントロールを失っている状態です。

 Q:具体的にはどのようなものなのでしょうか。

 A:@過去に酒が原因で、大切な人間関係にヒビが入ったり、仕事を休んだりする事がよくある、Aほどほどで止められず、酔い潰れるまで飲んでしまう、B飲んだ後に前の事を所々思い出せない、C飲まないと眠れない、Dほぼ毎日3合以上の晩酌をする、E酔うといつも怒りっぽくなる、F休日にはほとんどいつも朝から酒を飲むなど、これらが一つでもあれば、アルコール依存症予備軍の疑いがあります。

 ところが周囲の人から見るとまちがいなく、いくつもの項目に当てはまっているのに、本人は、「体はどこも悪くない」「仕事はちゃんとやっている」「俺をアル中に仕立てるつもりか」「だいたい、俺の稼いだ金で酒飲んで何が悪いんだ」など、あれこれ理屈をつけては、周囲の意見を否定するのです。このような、理屈に合わぬ心理や急な態度の変化、現実を認めようとはしないこと、などがアルコール依存症患者に最もよく見られる「否認」という独特の症状なのです。患者と周囲との間にギャップがあり、それが大きいほど、進行したアルコール依存症と言えます。

 Q:困ったものですね。

 A:私はアルコール依存症の患者に、飲酒をクルマの運転の例えで説明することがあります。それはこんな具合です。ほとんどのドライバーは信号が赤であれば、停止線をそれほど大きくはみ出すことはしません。なぜなら、停止線を越えてしまえば事故を起こしてしまうとわかっているからです。しかしアルコール依存症の人は、事故を起こすかもしれないと解っていても誘惑に負けてしまいます。アルコール依存症の人たちは、言わば「クルマのブレーキを踏むのが苦手な人」ばかりで、なかには全くブレーキを踏もうとしない人もいます。ですから停止線で止まらず、赤信号を無視して、交差点に突入してしまいます。運良く事故に遭わずに済むこともありますが、そんな運転をしていれば、いずれ大きな事故を起こすのも時間の問題です。

 次回は、アルコールが心身に及ぼす作用について説明しましょう。

 (駒沢メンタルクリニック 李一奉院長、東京都世田谷区駒沢2−6−16、TEL 03・3414・8198、http://komazawa246.com/)

[朝鮮新報 2007.1.18]