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〈本の紹介〉 自伝 大木金太郎 伝説のパッチギ王

 日本の映画のタイトルにまでなった「パッチギ(頭突き)」。そもそも、この本の書名にもなった「伝説のパッチギ王大木金太郎(本名=金一)」が、世に広めた言葉である。

 大木は、60〜70年代にかけて、日本と韓国で大活躍したプロレスラー。敗戦後の日本の最大のスター・力道山から薫陶を受けた大木は、昨年10月、ソウルの病院でその数奇な人生の幕を下ろした。最後まで祖国の統一を願っていたという。享年77歳。

 奇しくも同じ日に、崔圭夏元大統領の国葬が営まれていたが、大木の死去のニュースが格段に大きく扱われ、霊柩車を見送る沿道の人々からは盛大な拍手がわき起こったという。

 本書は昨年、韓国日刊スポーツ新聞で100回にわたって連載された記事を、ジャーナリストの太刀川正樹氏が訳出したもの。

 大木は1929年全羅南道高興郡居金島出身。解放前、「終生の恩師」と仰ぐ力道山と同様にシルム大会で優勝。48年の済州島4.3事件に次いで起きた反政府民衆蜂起の麗水・順天事件時には、銃殺寸前で助かった。本書にはその時の体験を「軍と警察は民衆蜂起に加担した人間を摘発するために各地で報復と放火、略奪、無慈悲な虐殺をくり返していた」と告発し、「この事件で1万人近い無辜の韓国人が殺された」と断腸の思いで回顧している。

 そして、日本への密航、入管収容所での惨めで不安な生活、力道山への直訴の手紙、夢叶った力道山道場への入門。さらに力道山に「お前は朝鮮人だからパッチギを身につけろ」と命じられた逸話、力道山の想像を絶する「愛の鞭」、それでももう一度生まれ変わっても力道山の弟子になりたい、という深い尊敬の心。

 リングの外からの「朝鮮人にだけは負けるな」「ニンニク臭い」などの汚い野次に決して怯まず、自らのプライドを磨き続けた反骨の生涯だった。東京ドームでの引退式には6万人の熱狂的なファンが集まり、その引退を惜しんだという熱烈な日本人ファンとの長きにわたる交流。泣かせるエピソードや政治の裏話も満載で、実におもしろい。(太刀川正樹 訳、講談社、1500円+税、TEL 03・5395・3622)(公)

[朝鮮新報 2007.2.9]