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〈みんなの健康Q&A〉 適応障害(上)−2つの症例

 Q:ここ数年、テレビや新聞紙面などで著名人が自らのうつ病体験を告白したり、精神科、心療内科の病気がよく取り上げられるようになりました。

 A:それらは精神科の病気に対する誤解や偏見をなくすことや、患者さんに希望を与えることに大いに貢献している、と私は思います。以前に比べて精神科、心療内科もずいぶんオープンになってきたな、と感じます。

 最近ではメンタルクリニックに、10代の女性が彼氏を連れて受診することも珍しくありません。このようにメンタルクリニックで毎日患者さんの診療をしていますと、日々いろいろなことに気付かされます。

 Q:たとえばどういうことですか?

 A:その一つをあげると、最近は「うつ病までは至っていないが、『うつ状態』の患者さんが増えている」と感じることです。

 精神科医は概して、病名を患者さんにハッキリと伝えない傾向があると思います。引っ越しを機にほかの病院から私のクリニックへ転医してきた患者さんに「前の病院では病名は何と聞いていますか?」と質問すると、半数近くの患者さんが「とくに聞いていません」と答えます。自分の病名を知らない(聞かない)患者さんもどうかなと思いますが、患者さんに病名を伝えないのもいかがなものでしょう。

 Q:「知らぬが仏」ということでしょうか。

 A:患者も医者も精神科の病名に対して過剰反応をしているのでしょうか。私は初診の患者さんにも努めて病名を伝えるようにしています。確かに初診だけでは病名が確定しないことも珍しくありません。病名がハッキリしない場合には、その時の症状(抑うつ、不安など)をできるだけ整理して伝えることにしています。

 Q:メンタルクリニックを受診される患者さんの代表的な症状としてはどういうものがみられますか。

 A:「不眠、抑うつ」が圧倒的に多くみられます。「不眠、抑うつ」と聞くと、大抵の人は「うつ病」を頭に思い浮かべるでしょう。しかし最近はうつ病ではない患者さんも増えている、と感じる精神科医は決して私だけではないはずです。この抑うつ状態をしばしば「うつ病」と思いこみ、当院を受診される患者さんも多いのです。

 今回は、最近とくに私が接することの多い、「適応障害」について説明しようと思います。

 Q:皇太子妃がかかったというものですね。

 A:適応障害を本で調べてみると、「精神疾患の中の重度のストレス障害の一種で、ストレス因子が原因により、日常生活や社会生活、職業、学業的機能において著しい障害が起き、一般的な社会生活ができなくなる。患者のストレスへの脆弱性が発病の起因となっていることが多いと言われている」と書いてあります。

 Q:具体的な例を挙げて説明していただけますか。

 A:症例Aさんの場合=Aさんは高校卒業後、コンピュータの専門学校を2年前の春に卒業し、インターネット関連の会社に就職しました。会社では主にシステム管理の仕事を1年間続け、大きなトラブルもなく、仕事に励んでいました。ところが、以前から彼はインターネットを介した対戦型のゲームをするのが趣味でした。入社後しばらくは帰宅してから遅くても夜中の12時頃には終えて、次の日の仕事に備える生活をしていましたが、1年を過ぎた頃からゲームをする時間が次第に増え、同居する彼女に見向きもせず、明け方まで1人でゲームに没頭するようになってしまいました。当然翌日は寝不足ですから、次第に会社を遅刻するようになり、ついには会社を無断欠勤するまでになってしまいました。心配した上司から本人に電話があり、本人が事情を説明すると「欠勤は困るから病院に行って診断書をもらいなさい」と言われ、本人が当院を受診しました。このケースではほとんど抑うつはなく、睡眠の昼夜逆転が問題でした。そのほかに問題点を聞くと「今の会社では、やりがいのある仕事を任せてもらえない。自分はコンピュータソフトの開発などを手がけたいと思っている。でも今の自分のスキル(実力)ではほかの会社に売り込んでも評価は低く、雇ってくれるところはないと思う。とりあえず会社に提出する診断書をください」と淡々と話していました。

 Q:ほかにもありますか?

 A:症例Bさんの場合=Bさんは大学でCM制作を勉強し、将来はCM制作の仕事に携わりたい、と思っていました。昨年の春に大学を卒業し、大手の消費者金融会社に就職しました。半年の初期研修を経て、念願のCM制作部への異動を上司に希望しましたが、CM制作部はその会社でもとりわけ人気のある部署で、彼の願いは残念ながら叶いませんでした。結局、配属先は都心の営業所となり、毎日、窓口での顧客対応が彼の仕事となりました。それから1カ月が経過したある日、会社に向かう途中の駅で、今まで経験したことのないような突然の激しいめまい、動悸、過呼吸発作などの症状が出現しました。彼は立っていることもできずその場に座り込み、近くにいた駅員に救急車を頼み、最寄りの大学病院を受診しました。しかし全身をくまなく検査しましたが、どこを調べても身体には全く異常がありません。最後には医師から「ストレスではないか?」と心療内科の受診をすすめられ、当院に相談に来ました。

 Q:2人ともストレス障害なのですか?

 A:初診時には軽度抑うつ症状は認めました。詳しく話を聞くと、仕事はほとんど残業もなく、職場の人間関係もとくに問題はありませんでした。上司からのパワーハラスメントも無く、目立ったストレスは無いのです。しかし話を聞くうちに、彼のストレスの原因が解ってきました。

 Q:それは何だったのですか?

 A:仕事に対する彼のモチベーションが全く「ゼロ」だった、ということです。彼がしたい仕事はあくまでもCM制作であり、彼にとっては窓口での顧客対応業務はストレスだったのでしょう。退職しない理由を聞くと「今の時期の中途退社では経歴に傷がつく、気は進まないが、2〜3年は今の仕事を続けた方が有利なので転職はしばらく控えよう」と考え、現職に留まっているそうです。

 (駒沢メンタルクリニック 李一奉院長、東京都世田谷区駒沢2−6−16、TEL 03・3414・8198、http://komazawa246.com/)

[朝鮮新報 2007.3.28]