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〈みんなの健康Q&A〉 適応障害(下)−治療法

 Q:前回2つの症例をあげていただきました。

 A:今までの精神科、心療内科の診断では、Aさんの場合は「睡眠相後退症候群(=時差ぼけ)」と診断されることが多いでしょう。確かに睡眠相はずれて昼夜逆転はしています。しかし、それは表面的な症状であり、根本的な問題は別のところにある、と私は考えました。またBさんの場合はうつ病だったり、パニック障害と診断されるかもしれません。症状だけを見て取れば、確かにパニック発作であり、抑うつ状態だったりしますからあながちまちがいではありません。しかし、その根本にはストレスに対する本人の問題が大きいのです。多くの場合これらのようなケースでは、「抑うつ状態」だったり「自律神経失調症」という病名がつけられがちです。

 Q:わがままとは違うのですか?

 A:一見、そのようにも見えますが、彼らは「『一部分』は現実的なものの見方」ができるのです。2人に共通して言えるのは「自分の能力に対する評価と自分の置かれている現状のギャップ」というストレスの存在です。しかし、あくまでも見えているのは一部分であり、生真面目なところが逆に本人たちのストレスとなっているのでしょう。後先を考えず退職してしまえばストレスにはならず、症状も出なかったかもしれません。また、彼らが妻子や住宅ローンを抱えていたならば、転職などを考える余裕もありませんし、日々をいかに生活していくかを考えざるをえないでしょうから、適応障害を起こさなかったのかもしれません。

 Q:うつ病は「薬で治る」と聞きますが…。

 A:確かにうつ病に対して抗うつ薬は大変有効です。しかし、うつ症状を伴う周辺疾患には適応障害等さまざまな病気が潜んでいます。性格やその人の思考パターンからくる問題などに対して、抗うつ薬はそれほど効果がないのです。

 Q:適応障害についてもう一度わかりやすく説明してください。

 A:適応障害とは、ある社会環境(ストレス)においてうまく適応することができず、さまざまな心身の症状が表れて社会生活に支障を来すものをいいます。誰でも新しい環境に慣れて社会適応するためには、多かれ少なかれ苦労をしたり、いろいろな工夫や選択を要求されます。それがうまくいかなくなった場合には、会社では職場不適応、学校では登校拒否、といった形で表れるのです。

 心理社会的ストレス(環境要因)と個人的素質(個人要因)とのバランスの中で、いろいろなストレス反応(心理反応、行動反応、身体反応)が生じますが、これらは外部からの刺激に適応するための必要な反応なのです。ところが、ストレスの質や量が本人のキャパシティーをはるかに超えてしまっていたり、本人がストレスに対して過剰に敏感である時に、このバランスが崩れてさまざまな症状が出現するようになります。適応障害の出現に関しては「個人の要因」が大きく影響しますが、心理社会的ストレスがなければこの状態は起こらなかった、と考えられるのが基本的な考えです。

 Q:効果的な治療法はありますか?

 A:適応障害の治療は、まず原因となっている心理社会的ストレスを軽減することが第一です。環境要因を調整し適応しやすい環境を整えることや、場合によってはしばらく休職、休学して休養し、心的エネルギーを回復することが必要です。無理矢理ですが、例えてみるならば、臨海学校で遠泳中に「足が痙って」しまい、溺れかけている生徒に、泳ぎ方を教えるのはナンセンスですよね? まず必要なのは「浮き輪」を投げて溺れなくすることです。それから「痙った足(原因、ストレス)」を治して、再び泳ぎ出せばよいのです。

 Q:性格的な問題もあるのですか?

 A:心理的葛藤に関して、その人の性格や対人関係能力などを把握し、「物事がうまくいかないのは、『うつ病』のせいではなく、生き方や考え方にも問題があるのだ」と気付くことも大切です。生き方や考え方を変えるなんて大変そうですが、「この部分だけ」と限定しながら見方を変えていけば、そう大変ではありません。精神科医の役割は見方を変えるお手伝いをすること、と思ってください。

 Q:適応障害に効く薬もあるのですか?

 A:適応障害自体を治す特効薬はありませんが、さまざまな症状の一つひとつに対処する薬を使うことはできます。不安症状が強ければ抗不安薬を、うつ症状が強ければ抗うつ薬を服薬する、というように、それぞれの症状に応じて薬物療法が必要な場合もあるのです。

 Q:生活上の注意点や予防法についても教えてください。

 A:新しい環境に適応するためには相応の心的エネルギーを使いますので、適度の休養をとったり、気分転換をしたり、日頃からストレスを溜めない生活を心がける必要があります。また、適切な相談相手をもって、一人でくよくよと考えないことや、他人といかにうまく付き合い、その中でいかに自己実現をしてゆくか、ということも大切なことでしょう。

 現代社会では生きていくうえで、より多くの知識、経験、判断が求められます。現実社会は文明の発展速度が人間の成長の速度を追い抜いてしまっていて、適応障害とはもしかしてそんな現代社会がもたらした「現代病」なのかもしれません。

 (駒沢メンタルクリニック 李一奉院長、東京都世田谷区駒沢2−6−16、TEL 03・3414・8198、http://komazawa246.com/)

[朝鮮新報 2007.4.5]