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〈人物で見る朝鮮科学史−30〉 高麗の科学文化(3)

人類文化史上の貴重品となる活字

活字

 高麗の科学技術を語るうえで欠かせないのは金属活字の発明であるが、これは高麗に留まらず朝鮮科学史のもっとも重要な業績の一つである。活字それ自体は中国で発明され、木活字、陶活字が用いられたが、前者は耐久性に欠け、後者は全く同じ自体の活字を多数造ることは容易ではない。まさに、その欠点を克服したのが高麗の金属活字である。

 高麗で、いつ金属活字が造られたのかは定かではないが、李奎報「東国李相国集」には1234年に金属活字本「古今詳定禮文」を配布したという記述があり、それ以前から金属活字は使用されていた。現存する世界最古の金属活字本は1377年に清州興徳寺で鋳造された活字を用いたと明記された「白雲和尚抄録仏祖直指心体要節」である。現在、フランス国立図書館が所蔵しているが、1887年から12年間ソウルのフランス大使館に勤務していた人物が持ち帰ったものである。1972年の「世界図書の年」の記念展覧会に出品され世界最古の金属活字本として話題となり、2001年にユネスコの「世界の記録」(通称、世界記録遺産)に登録された。現在、この記録遺産には「朝鮮王朝実録」「訓民正音」(解例本)、「承政院日記」の計4件が登録されている。ちなみに中国は3件、日本の登録はない。

 現存する高麗金属活字は2個で、一つは1958年満月台神鳳門址から出土したもので開城の高麗博物館に、もう一つは1913年に発見されたもので韓国中央博物館に、それぞれ保管されている。この2個の活字は人類文化史上の貴重品といっても過言ではないだろう。

直指

 現在、朝鮮の代表的科学文化遺産である世界最古木版印刷物「無垢浄光大侘羅尼経」や「測雨器」は、中国の研究者との間で論争の的となっている。前者は唐の則天武后時代のみ使用された漢字があり、後者も中国の元号が刻まれた測雨台が現存することから、それらは中国から伝えられたというのである。しかし、金属活字に関しては、それに関する記録、印刷本、現存活字、この3点セットによってそのようなことはないようである。

 西洋では1450年頃にドイツのグーテンベルグが金属活字による印刷を行っており、シルクロードを通じて高麗の金属活字技術が伝わったのではないか、という推測もあるが定かではない。日本の出版物などには今でも金属活字の発明はグーテンベルグとするものもあるが、ドイツ・マインツの「グーテンベルグ博物館」には世界最初の金属活字は高麗とする展示コーナーがあり、前述の「直指心体要節」のコピーと朝鮮王朝時代の11個の銅活字が陳列されている。現在、清州の興徳寺址には「古印刷博物館」が建設され木版印刷から金属活字印刷への発展過程を蝋人形によって再現するなど、グーテンベルグ博物館とともに印刷文化を知る貴重な施設となっている。(任正爀、朝鮮大学校理工学部教授、科協中央研究部長)

[朝鮮新報 2007.6.1]