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〈この人、この一冊 −1−〉 「現代日本の歴史認識−その自覚せざる欠落を問う」 中塚明さん

日本の「常識」は、世界に通用しない

 最新刊「現代日本の歴史認識−その自覚せざる欠落を問う」が、各界の反響を巻き起こしている。きな臭い時代、政治もメディアも改憲への歯止めのない坂を転げ落ちていく様相を呈している。中塚さんは日朝の近代史研究に半生を捧げ、近代日本の立ち遅れた朝鮮観を根底から覆す視点を切り開いてきた歴史家として知られる。

 代表作に「日清戦争の研究」、当時の外務大臣陸奥宗光の外交を追究した「蹇蹇録の世界」など。とりわけ、近年、軍事大国化や有事法制の暗雲に覆われる政治状況の中で、90年代以降の中塚さんの仕事ぶりはめざましい。「近代日本の朝鮮認識」(研文出版)、「近代日本と朝鮮」(三省堂)、「歴史の偽造をただす」「歴史家の仕事」、若い世代向けに書かれた「これだけは知っておきたい日本と韓国・朝鮮の歴史」(以上高文研)…。

 昨年、喜寿を迎えた中塚さんがなぜ、これほどまでに歴史研究に心血を注ぐのか。背景には、急速に右シフトした時代への強い危機感がある。憲法9条への攻撃、国連常任理事国入りをめざす動きなど、頭をもたげてきた日本の大国意識は、戦前の状況と似てきた。

中塚明さん

 「日本の近代史を考えるとき、客観的に見て、明治以降の朝鮮への侵略の歴史を視野に入れなくて、何が明らかになるだろうか。しかし、今の日本には、『明治の栄光、愚かな昭和の戦争』というような言説が大手を振っている」と強調してやまない。

 作家・司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」、半藤一利さんの「昭和史」がその代表的な例。いずれも、「国民的」な人気を博しているといわれている。「はたしてそうだろうか」と中塚さんは、疑問を投げかける。

 「『明治を栄光の時代』として、日清戦争(1894〜95年)や日露戦争(1904〜05年)で日本が朝鮮で何をしたのかを不問に付すことは、結局、日本の近代史全体を見誤ることになる。独善的な歴史観が再び日本を覆うならば、日本の亡国につながる」と。「明治栄光論」とは何か。中塚さんはこう説明する。

 「31年の『満州事変』から、第2次世界大戦での敗戦にいたる昭和前半の時代は、中国はじめ東南アジアや太平洋上の島々にまでひろげた無謀な戦争で、日本の内外に多くの犠牲を強いたみじめな時代であった。それに比べて、日清、日露戦争ごろの『明治の時代』はすばらしい時代であった。政治や軍事の指導者もしっかりしていて、国のかじとりをあやまらなかった。その結果、日本は世界の大国の仲間入りを果すことができた。国際法もよく守り、捕虜を虐待するようなこともなかった」−という見方。こうした見方は、歴史家はじめ、多くの評論家、小説家、ジャーナリスト、政治家たちの「常識」となっている。

「無名東学農民軍慰霊塔」。農民の顔や茶碗などが碑に彫りつけられている(全羅北道古阜)

 はたして日本の「常識」は世界やアジアで通用するだろうか。「常識的に考えて、日本のやり方が昭和になって突然『異常』になったとは考えにくい。日清、日露戦争は正規の手続きを踏んだというが、これも作り話である。日清戦争の直前、時の日本政府(陸奥宗光外相ら)も朝鮮に派遣されていた日本軍と共謀して『戦争の名分』を手にいれようとして朝鮮王宮を占領して、国王を『擒』にした、そんな『異常』をおこなってきたのだ」と中塚さんは力説する。

 しかも、その事実を外交文書や戦史から抹殺して、記憶に残らないようにしてすませてきたために、その「異常さ」が、のちのちくりかえされることになると語る(※注=朝鮮王宮占領事件については、著書「歴史の偽造を正す」に詳しい)。

 そして、中塚さんは、中国で繰り広げられた日本軍による三光作戦(焼き、殺し、奪いつくす)の悲劇は突然に起きたのではないと語り、1894年、老若男女がいっせいに蜂起した東学農民戦争や乙巳保護条約の後、武器を取って抗日に立ち上がった義兵戦争弾圧で「日本軍が何度も練習したもの」と指摘した。

 「明治」のはじめ、日本の朝鮮侵略の第一歩から、日本政府・日本軍は、自分のした行為をきちんと公表せず、歴史を偽ることを当然と考えることによって、日本の政治、軍事の指導者たちの目が曇り、時を追って体質化していったと、中塚さんは強調する。

 「国民一人ひとりに染みついた歪んだ朝鮮観は、日本の知識人にも大きな責任がある。そのことについて、日本の歴史研究者はもっと自覚的であってほしい。事実の前に謙虚であることは、何も恥かしいことではない。『ウソ』の事実をあたかも事実であるかのように言い続けること、それが恥かしいことだ」。心が揺さぶられる一冊である。(高文研刊、2400円+税)(朴日粉記者)

[朝鮮新報 2007.6.18]