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〈この人、この一冊 −2−〉 「靖国問題Q&A−『特攻記念館』で涙を流すだけでよいのでしょうか 内田雅敏さん

独りよがりの歴史認識を照射

 日弁連人権擁護委員会委員などを務める傍ら、花岡事件、香港軍票問題の戦後補償請求裁判、自衛隊イラク派兵違憲裁判、立川防衛庁宿舎イラク反戦ビラ入れ事件などに取り組む。その合間を縫って、都内の2つの大学の非常勤講師として憲法や人権を教えている。また、昨年8月には、「平和の灯をヤスクニの闇へ キャンドル行動」の事務局長を務めるなど行動する弁護士として知られている。「戦後補償を考える」(講談社現代新書)、「憲法第9条の復権」(樹花舎)などの著書も多い。

 今回上梓された「靖国問題Q&A 『特攻記念館』で涙を流すだけでよいのでしょうか」は、そうした活動や学生たちとの議論のなかで生まれたもの。全部で39の「Q&A」が網羅されている。

 戦後日本が置き去りにしてきた「靖国神社」問題に徹底的な分析を加え、この問題を追及するアジアの民衆の声に真しに応えようとする優れた一冊である。

 「靖国」を具体的な歴史の場に置き直しながら、それが「国家」の装置としてどのような機能と役割を担ってきたのかを明らかにし、「靖国神社」が体現する「歴史認識」というものがいかに独りよがりで、デタラメなものであるかを浮き彫りにしている。

内田雅敏さん

 「靖国」が日本の侵略戦争を美化し、それを聖戦と定義して、戦死者を英霊として祭り、顕彰する装置であることは論をまたない。そうでなければ、国家は新たな戦争に国民を動員できなくなるだろう。小泉首相(当時)の「靖国」参拝や安倍首相の「真榊奉納」問題、日本の国会議員たちの相次ぐ「靖国」詣でにアジア各国が厳しい警戒の目を注いでいる理由はここにもある。

 戦後生まれの安倍首相が、「戦後レジームからの脱却」を安易に語り、この春には国民投票法案を成立させた。敗戦の年に生まれ、憲法と共に生きてきたという自負心のある内田さんにとって、この動きは決して看過できないことであった。

 「憲法を取り巻く潮目の変化を感じたのは、96年の日米安保再定義、99年の周辺事態法、あたりからか。00年10月の改憲を促す『アーミテージレポート』、今年2月の『第2次アーミテージレポート』…、米国はこの間の改憲に対する日本政府の取り組みに満足感を表明し、さらに『武器輸出3原則』の修正ではなく、解除を、そして、防衛支出の増加を求めるなど、露骨な内政干渉をしている」と指摘する。

 「現在の改憲の狙いは、米軍と自衛隊の共同行動である。その実体は、米軍の下請けとしての自衛隊の強化、米国に対する従属の強化にある。その意味では、『占領状態』の強化以外の何ものでもないことは明らか」だと断じる。

「靖国神社」の「遊就館」は、侵略戦争を美化する展示であふれかえっている

 近代日本の、植民地獲得のための対外戦争をすべて正当化する「靖国神社」の特異な歴史観を支える基盤が、日本社会には隠然と根を張っていると内田さんは語る。

 「侵略戦争の愚行を強いた政府、軍の指導者たちに怒り、その責任を追及すべきなのに、そうはなっていない。『特攻たちの犠牲の上に、戦後の平和と繁栄が築かれた』などと無責任なことをいわせてはならない」と厳しく指弾する。

 本書に紹介されている安倍首相の「今日の豊かな日本は、彼らが捧げた尊い命のうえに成り立っている」(安倍晋三「美しい国へ」)という言葉。一方、「靖国神社」の「遊就館」で上映されているドキュメンタリー映画「私たちは忘れない−感謝と祈りと誇りを−」に出てくる「あなたは考えたことがありますか? 国のために生命を捧げた多くの人びとの上に、わたしたちの今≠ェあることを−」という解説語句。安倍首相と「靖国神社」の歴史認識の一分の隙もない一致と、凄まじいまでの自己肯定(ナルシズム)を本書はあらゆる角度から喝破していく。

 日本のメディアの「靖国」論議はかつての侵略戦争の実相には触れず、近隣諸国の批判に「反日」のレッテルを張るだけの稚拙なものに終始している。「その驚くべきマスコミの無知と妄言」に厳しい警鐘を鳴らす。

 「靖国」を通して、日本の植民地主義と侵略戦争の本質に迫る著者の意欲が伝わってくる良書である。

 内田さんはこう力説する。「ヴァイツゼッカー元大統領を委員長とするドイツ国防軍改革委員会報告書(01年)は冒頭で、『ドイツは歴史上初めて、隣国すべてが友人となった』と高らかに宣言している。日本がそうなるには、戦後の日本が積み残してきた近隣諸国への過去の清算をしっかりやっていくしかない」と語る。(スペース伽耶、1500円+税、TEL 03・5802・3805)(朴日粉記者)

[朝鮮新報 2007.6.25]