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〈この人、この一冊 −3−〉 大塚初重・五木寛之 「弱き者の生き方」 大塚初重さん

米軍の魚雷攻撃、二度も撃沈され生還

 日本の古墳研究の第一人者として「日本考古学界の至宝」と称えられている大塚初重・明治大学名誉教授と「蒼ざめた馬を見よ」で第56回直木賞を受賞して今年で40年を迎え、ますます存在感を輝かせている作家・五木寛之さんの初の対談集である。

 読後感を一言でいえば、大家同士の対談とは思えぬ「人間と人間の魂のふれあい」が深い感動を呼んだ稀有な読み物となった。

 18歳だった大塚さんの戦争中の二度にわたる遭難と死の渕からの生還、12歳だった五木少年が体験した平壌での死と別離の極限状況。2人は敗戦と日本への引き揚げという苦難の体験、その後の人生遍歴を赤裸々に語り合った。対談を終えた今、大塚さんの心境は、「あふれるばかりの温かい心の泉がわいてくる感じ」であり、五木さんも「今回ほど、笑い、かつ深く感動した機会はなかったように思う。それは圧倒的な体験だった」と振り返っている。

 大塚さんが考古学を学んだきっかけは、悲惨な戦争体験にあった。

 1945年4月14日、海軍一等兵曹として、佐世保から中国・上海に向かう途中、乗っていた船が、米軍の魚雷攻撃で爆発炎上。五百数十人中、助かったのは百人ほど。

記憶力の確かさとユーモアあふれる大塚初重さん

 「船倉で私の両脇に寝ていた親友2人は砲弾が命中して一瞬のうちに命を失った。甲板に逃げようとしたが、船底は燃え盛り、魚雷は爆発し続け、積んでいたトラックなんかはドドドドッと落ちていく。まるで地獄です。ふと見上げるとちぎれたワイヤーロープが、揺れていた。その一本に飛びついた。そうしたら、誰か私の脚にしがみついてくる人がいた。二人も三人もしがみついてくるので、私の身体がずるずる燃えている船底に落ちていく。無我夢中で私はその人たちを両脚で蹴落とした。まさに芥川龍之介の『蜘蛛の糸』の世界、断末魔の世界ですよ」

 幸い、済州島の親切な漁民親子に救出され、九死に一生を得た。

 「浜辺から家に連れて行ってくれて、おばあちゃんがキビのおかゆをスプーンで私の口に入れてくれたり、島の丸っこいサツマイモを蒸かしてくれて、『アイゴー、アイゴー』と言いながら、おばあちゃんは私の背中を何度も何度も優しくなでて、サツマイモの皮をむいて口に入れてくれましたよ」

 その後、「命の恩人」にもう一度お礼をと、二度ほど済州島を訪ねたが、捜しだせず心残りだと語る。

朝鮮半島の影響を示す多くの馬具の発見が日本各地で相次いでいる(写真は鉄製馬面冑、和歌山市大谷古墳出土、5世紀)

 大塚さんは命からがら門司に戻ったが、その日のうちに上海渡航命令を受けて、出港。そして4時間後にまた、米軍に撃沈された。

 二度も冷たい海に放り出され、一昼夜、東シナ海上を漂いながら、それまで学校で学んだ「神国日本は不滅」の皇国史観はウソだと思った、と大塚さん。

 「船は沈み、東シナ海で2回も漂流し、目の前でどんどん戦友が死んでいく。これは何だ。神風が吹く、という自分が今まで叩きこまれた神話にもとづく日本の歴史はいったい何だったんだと思った、もし生きて再び日本の土を踏めたら、小学生でもいい、中学生でもいい、白墨の粉を浴びながら子どもたちに正しい科学的な歴史を教えようと心に誓った」と振り返る。

 捕虜として復員した大塚さん、朝鮮半島からの引揚者として帰国した五木さん。「一介の弱き者」としてあの苛酷な時代を潜り抜けてきた2人の率直な対話。それは9年間連続で自殺者が3万人を超え、親殺し子殺し事件などの凶悪事件が絶えない日本の原状を考える一つのよすがになるかもしれない。

 五木さんは本書の中で語る。「希望を語ることはたやすい。人間の善き面を指摘することも難しくはない。しかし、絶望のなかに希望を、人間の悪の自覚のなかに光明を見ることは至難のわざである。大塚先生のお話には、それがあった。私は戦後数十年にわたって背負い続けてきた重いものを、はじめて脇におろしたような気がしたのだ」と。

 戦後考古学の揺籃期から60年にわたって積石塚、前方後円墳などの古墳研究をリードしてきた大塚さんは今年80歳。明大教授、日本考古学協会会長、日本学術会議会員などを歴任した同氏は、すべての教職を去った今も、請われて明大「リバティー・アカデミー」で、月2回の講演を引き受けている。一回の講座は120分、受講者は200人を超える超人気となっている。かつて暗い海で誓った歴史教育への思いは深い。

 「近年の南北朝鮮、日本など東アジア全域にわたる積石塚、前方後円墳、四隅突出型古墳などの発掘の成果は、海を介した大陸と朝鮮半島、日本の緊密な交流の足跡をまざまざと教えている。積石塚の発掘を手がけて60年近くになるが、朝鮮半島から人とモノが古い時代にも来る。その次にも来る。何世紀にもわたって波が押し寄せるように日本にやってきた、ということが言える。海こそ文化の潮であり、導き手なのです」

 快活な人柄とユーモアとペーソスあふれる話に引き込まれた。(毎日新聞社、1400+税、TEL 03・3212・2357)(朴日粉記者)

大塚初重・五木寛之対談集発売記念講演会「弱き者の生き方」

 7月15日(日)、九段会館(東京都千代田区)、21日(土)、KBS会館(京都市上京区)、8月4日(土)、都久志会館(福岡市中央区)。入場料=1500円、問い合わせ=TEL 03・3213・5307。

[朝鮮新報 2007.7.11]