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〈本の紹介〉 野の荊棘(いばら)

謝罪と補償拒む安倍政権への痛打

 本書はノンフィクションではないがそれに近い長編で、2人の朝鮮人「慰安婦」の過酷な運命をたどっている。

 ヒロインの順伊は極貧の小作農の子で8歳の時に地主の子守に売られ、17歳で港町の飲み屋に「養女」として買われる。18歳の時のある夜、順伊は2人の日本人暴漢に「暗がりに引きずり込まれ」「猿ぐつわをかまされ」「麻紐でぐるぐる巻きにされ」「貨車に積み込まれた」。「そこには8、9人が丸太のように横にさせられていた」。その中には1歳年下の福姫がいた。こうして誘拐された26人の娘たちはハルピンにつくられた「日満の家」で「慰安婦」にさせられた。名前を「きくえ」にされた順伊は脱走するが憲兵に連れもどされて棍棒でなぐられ独房に入れられる。その後順伊と福姫は、輸送船でフィリピンに向かう途中米潜水艦に沈められて海上に投げ出されるが、同じ船にいた顔なじみの日本兵山田に救助され、再び慰安所に収容される。米機の空襲とフィリピンのゲリラの攻撃で、日本軍は傷病兵を毒殺して敗走する。順伊と福姫は日本軍から逃れてさまよううちに、斥候にでて本隊とはぐれた山田と再会する。彼は2人をかばうが朝鮮人に対する蔑視は心の深層にしみ込んでいた。戦場にとり残された3人は米軍に捕えられ日本の敗戦後、マニラから引き揚げ船に乗る。福姫は両親に会いたいからと故郷に帰るが、順伊は帰れば白眼視されるからと帰郷せず、金もうけのために命の恩人だと思い込んでいる山田と東京で同棲する。だが「朝鮮ピー」(慰安婦)とさげすみ売春を強要する山田と争い、誤って刺し殺してしまうが、正当防衛で釈放される。順伊は生きる糧を求めて転々としたのち密航船で釜山に渡り、ソウルで暮らすようになる。再会した福姫は地主の下女になっていたが「ウェノム」を呪い川に身を投げて自殺する。しかし順伊は悲運に虐げられながらも生きていくことを決意する。

 以上が梗概であるのだが、「従軍慰安婦」にさせられた不幸な女性2人を形象化することで、日本の性奴隷犯罪を人道的に追及する作者のモチーフは全編に浸透している。「従軍慰安婦」問題を告発した作品には、田村泰次郎が体験にもとづいて書いた「蝗」があるが、短編であったためテーマまけのきらいがある。それにくらべて、400ページをこえる本書は、「慰安婦」がどのように集められたか、その苛酷な生活がいかなるものであったか、彼女たちの思いがどんなものであったかという問題に迫り、「慰安婦」の全体像を細部に至るまで描き切って「皇軍=天皇の軍隊」の非道と醜悪をリアルにあぶり出している。暗澹たる本書にも救いはある。逆境のなかで契られた順伊と福姫の友情の美しさと、不幸のどん底にあってもひるむことを知らない順伊の生への希求が、人間への信頼を生み出している点である。

 作者は日本海軍の兵士として戦場の悲惨をなめつくし、その体験を生かして50歳を過ぎて小説を書き始めた。この長編を書くにあたって、80余歳の高齢で何度も「韓国」を訪ねて取材し、推敲に推敲を重ねて脱稿した。「野の荊棘」一巻は、「従軍慰安婦」問題であくまで謝罪と補償を拒む安倍政権に対する痛烈な一撃となっている。(石田勘太郎、スペース伽耶、2000円+税、TEL 03・5802・3805)(辛英尚 文芸評論家)

[朝鮮新報 2007.7.23]