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〈本の紹介〉 越境の時 一九六〇年代と在日

日本人の民族責任に強く迫る

 プルースト「失われた時を求めて」の個人全訳で名高い著名な仏文学者が、60〜70年代に取り組んだ在日朝鮮人支援運動を軸に描く自伝。

 著者はなぜ、「在日」と深く向き合い、関わってきたのか。それは、著者が留学した50年代後半のパリの知的状況と不可分の関係にあるといえよう。著者がフランスに着いて1カ月後には、アルジェリアで、フランスからの独立を要求する武装蜂起が起こった。この闘いに共感する人々との交流やサルトルらフランス知識人の動向を見ながら、フランスと植民地の歴史的関係を見つめるようになり、それが「民族責任」という著者の問題意識へとつながっていくのである。

 当時のフランスを代表する知性・サルトルはアルジェリア独立戦争にどのように関わったのか。記者の理解によれば、彼は言葉と文筆で、植民地の反人間性と反歴史性を強く訴えた哲学者だった。のみならず、アルジェリア「民族解放戦線」(FLN)の独立資金や武器の運搬を積極的に支援した人々への強い支持を明らかにした。その行動は文字通りフランス国家への反逆だった。また、彼こそは、アルジェリア民族解放闘争の理論的支柱・フランツ・ファノンが最後に最も信頼を寄せていた思想家であった。その立場は植民地という体制を壊さないかぎり本質は変わらないことを常に訴え続けていたのであり、その点でファノンと完全に一致していた。

 また、チュニジア生まれの知識人アルベール・メンミも、ほぼ同趣旨のことを次のように書いている。

 「植民地的状況とは、民族の民族に対する関係だ。(中略)彼(善意のコロン=植民者)は抑圧する民族の一員であり、望もうと望むまいと、彼がその幸運を分けあったと同様にその運命をも分け持つように決められている。(中略)彼は、個人としては何の罪もないけれども、抑圧するグループの一員であるかぎり、集団的責任にあずかっている」(「植民者の肖像」)

 著者が本書のなかで一貫して主張してやまないのは、サルトルやメンミと同様の立場、すなわち、「どんなに善意を持っている者でも、この体制が変わらないかぎりコロンである以上は抑圧する側の一員に組み込まれざるをえない」という厳しい認識である。

 こうした状況に気づき、自分が抑圧する民族に属していることを自覚した者は、当然のことながら、抑圧の共犯者となるのを拒否する可能性を探るであろうし、その可能性は、状況を変えようと務める以外にないだろう。「そこから彼の行動が始まるだろう」と。

 本書はそうした自覚に立って、60年代の日本で起きた小松川事件や金嬉老事件に関わり、真摯な思考と行動を積み重ねた日々の回想である。それは、日本人と在日朝鮮人との境界線を、他者への共感を手掛かりに踏み越えようとした勇気ある記録であり、その静かな品格ある語り口に心が揺さぶられる。

 著者が繰り返してやまない「われわれは日本人である以上、どんな善意を持とうとも、存在自体で日々彼らを抑圧していることになる」という内省的で誠実な言葉。しかし、日本の現状はいま、植民地帝国日本の犯した過去を頬被りして羞じようともせず、北による拉致だけを、ひたすら居丈高に叫ぶ醜い社会になりはててしまった。彼らが叫ぶ「美しい国」とは対極にある、他者への思いやりと想像力、平和と和解を作り出そうとする豊かな思想が本書を通底する。圧倒的な余韻にとらわれる良書。(鈴木道彦著、集英社新書、700円+税、TEL 03・3230・6391)(朴日粉記者)

[朝鮮新報 2007.7.23]