〈同胞美術案内C〉 許燻 横幅4メートルの壮大なスケールの作品 |
在日同胞「帰国要請運動」の集大成
総勢50人を超える人々が描かれている。横幅4メートルの壮大なスケールの作品。実寸大を想像しながら本作品を鑑賞してみる。 まず、この丹念に表現された人々の中から何人かを拾い上げてみる。手前の女性は右手に旗を持ち、胸を張って立つ。その右に一歩退いて描かれる老いた男性は、柔らかな表情でこちらに手を差し出している。さらに右奥には、この男性と同じように手を差し出す白いチョゴリの女性が描かれる。作品の左に目を移す。血気あふれる青年がこぶしを振り上げ、大きく口を開けてなにかを叫んでいる。その左にはおさげの少女が、さらに左奥には背中をこちらに向ける男性が描かれる。 両端の手前には幼い子どもが配される。右には4人の兄弟がややおびえた表情で身を寄せ合い、左端には黄色の服を着た幼女が手に顔をうずめている。 作品中央より上部に目を移すと、松葉杖の青年、乳飲み子を抱く女性、直立する男女、こぶしを突き出す麦わら帽子の人物、そしてたなびく旗が描かれる。
このような数え切れない人物群をひとつにまとめ上げている要素は逆アーチの構図である。手前の老いた女性を中心に、先述した人物を追ってみる。中央から右へ白ひげの男性、白のチョゴリの女性、中央から左へ叫ぶ青年、おさげの少女、さらに背中を向ける男性へと結ばれる逆半円型が群衆をまとめ上げている。 この安定した構図から、どよめき、歓喜、ざわめきが感じられるのだが、それはどのように表現されているのだろうか。さらに作品を掘り下げてみる。 よく見ると描かれた人物の間隔があまりにも近すぎる。画面右上の直立する男女の男の肩越しから、人差し指を突き出した腕が突如として伸びている。その女性の後ろで、旗を振る子どもとタンクトップの女性もあまりにも近い。 さらに人々が立っている高低差も不明確で、誰が誰の隣に立っているのかさえ判別できない。 また、描かれた人物が必ずしもひとつの光源(舞台のスポットライトのようなもの)で照らされているとは限らない。画面左の麦わら帽子の人物は頭上から光を受けており、中央奥の日傘の女性は背中から光を受けている。 つまり、本作品に描かれた人物がみな同じ場所にいるとは限らないということだ。この作品は、画家がそれぞれに観察した人々を、ひとつの画面に集大成させた作品なのである。老いた男女や青年、子ども、そして乳飲み子を抱く女性。個別に観察した結果を、ひとつの画面に統合させて完成させたといえる。 制作年は1958年。在日朝鮮人の帰国を実現するためにあらゆる要請運動が行われた時代である。作品では、朝鮮青年同盟のマークや「台東」の文字を書いた旗も見て取れる。各地に聞こえる帰国への祈願の声。力強い人体描写を得意とした画家が、同胞の様子やその声を、この一幅の画面に描き上げたのである。 作者は許燻。1940年末に全日本肖像画連盟に加盟、1953年から在日朝鮮美術会に属し翌年、東京支部の部長となる。文芸同美術部に属しながら活躍、1970年代末に作られた「美術研究所」で肖像画の制作にたずさわった。在日朝鮮人1世の画家である。(白凛、東京芸術大学美術学部芸術学科在籍・在日朝鮮人美術史専攻) ※本コーナーでは、在日朝鮮人美術家に関する情報をお待ちしております。〒112−8603 東京都文京区白山4−33−14。TEL 03・3812・9571、Eメールsinbo@korea-np.co.jp。 [朝鮮新報 2007.7.25] |