〈本の紹介〉 「記憶の火葬−在日を生きる」 |
暗闇からの飛翔の記録 本書はT「記憶の火葬」、U「在日を生きる」、V「壊れた世界の片隅で」、W「書評」の4部からなっている。 Tで著者は、祖父母、外祖父母にまでさかのぼって、親族をも含めての出自を、執拗なほどまでに追求している。だがそれは決して自分さがし≠フ類ではない。在日2世である自己の民族的アイデンティティー(主体性)を獲得するための、暗闇の中からの飛翔ともいうべき精神的営為なのである。そのために、出自の解明が、朝鮮の植民地を善事とし在日同胞の同化を政策としてきた歴代の日本政府に対する果鋭な告発となっている。さらにいえば、「北朝鮮バッシング」で草の根ファシズム≠扶植して戦争する国をめざす安倍政権が、不法に在日同胞の生活を脅かしている現実を直視し、過去が現在に襲いかかることの恐ろしさを知らしめている。 Uでは、著者は在日における自らの生存価値が、祖国と民族を分断の苦痛から解放するところにあると明言している。ここから、在日同胞に対する差別と蔑視の歴史的、社会的根源を明晰な論理をもって抉剔し、異なる民族の友好的共生を拒絶する排他的風潮が拒否される。さらに論を深めて、祖国と民族の分断が、現時点において、差別と蔑視を生み出している要因の一つであることを論証している。それでは、在日は差別と蔑視にどう対処すべきなのか? 著者はオーセンティック(正統的)に、同化を拒み民族的矜持を抱き、分断克服の視野に立つことこそが差別と蔑視を克服する鍵であることを、自身の体験にもとづいて明らかにする。わが子を、人格の形成と民族的主体性の確立に教育目的をおく朝鮮学校に進学させてためらわないのは、こうした信念から生じている。 Vにおいて、博覧強記の著者は、E・サイード、A・メンミたち10数人の識者、文学者の所論を援用しつつ、在日の発想から、ブッシュ・ドクトリンの残虐を完膚なきまでに批判している。太平洋戦争時の米国が、日本の主な都市をほとんど焼き払い広島、長崎に原爆を投下した、著者のいう「なぶり殺し戦争」の延長線上に、ブッシュ政権の「対テロ戦争」があることを克明に論証し、それが「〈アメリカ帝国による戦争の時代〉」をもたらしたことの非人道的残忍を糾弾している。ここまで米国の戦争犯罪を追及するのは、第2次朝鮮戦争が起こりうるという危機感からである。 Wの書評は、「韓国」および日本の識者と作家に詩人の著作12冊と、在日の著者によるもの12冊がとりあげられている。それらは、論説、詩、小説、文学史、文芸評論、歴史書、写真集、手記、ルポルタージュ等々、多岐にわたっている。このことは著者が有能な書評家であることを証している。対象書物のほとんどが在日と深くかかわっているために、一読に価するものばかりだといえる。 統一運動と在日同胞の人権擁護のたたかいに身を挺する著者の実践活動の過程で生み出された本書は、在日にとって貴重な記録である。多くの読者を得ることを願ってやまない。(黄英治著、影書房、TEL 03・5907・6755)(卞宰洙、文芸評論家) [朝鮮新報 2007.8.21] |