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〈本の紹介〉 ハングルを創った国王 世宗大王の生涯

朝鮮文化の黄金時代照らす

 理科離れといわれて久しい。ただし、ここで留意しなければならないのは、今の子どもたちは昔に比べて自然に接する機会は減ったが、決して知的好奇心がなくなったのではなく、学校で押しつけられる「理科」が嫌いなのである。以前からこの事実を指摘し「仮説実験授業」という独自の教授法を提唱、実践してきたのが著者である。近年は理科のみならず歴史や社会まで範囲を広げているが、本書はその独自の視点を活かして朝鮮文化の黄金時代を築いた世宗の生涯について書いたものである。

 内容は、2人の兄を飛び越して王となった世宗/貨幣政策と〈朝鮮通宝〉のなぞ/農業、医療技術の普及と出版/日本からの技術導入と「火薬と火砲」の秘密/天文、暦学の研究と世界最古の測雨器/反対を押し切ってのハングルの創成、の6章から構成されているが、一つひとつ解き明かすようなその記述は著者ならではのものである。著者は「まえがき」で次のように書いている。

 「私はもともと朝鮮=韓国の歴史には詳しくはなかったのですが、世宗の仕事には私がそれまで研究してきた事柄がたくさんあったことに気づきました。貨幣、和紙、水車、火薬、数学書、○記号への興味、農学書の編さん、活字印刷、木綿、文字など、どれをとっても、それまで私が日本を中心としてではありますが、専門的に研究を進めてきたものだったからです。そこで、私が世宗の伝記を書くのは、専門違いと思っていたのに、私はその伝記を書くのにふさわしい適任者の一人だと思うことができました。そんなわけで、この伝記には私にしか書けない事柄も少なからず含まれています」

 著者にしか書けない内容とはどのようなものなのか、それは読んでからのお楽しみであるが、一つだけ挙げるならば「○記号」とハングルの類似である。世宗時代に出版された数学書には零を意味する「○記号」が用いられている。数学において「零の発見」は単なる数字を越えた大きな意味を持つが、「○」記号とハングルの何も発音しない子音の「彪」(例えば「焼」)には共通の思想があると指摘する。むろん、これは一つのアイデアにすぎず、著者自身もすぐに受け入れられるものではないだろうと書いているが、広範な知識に裏付けされた柔軟な発想には、いつもながら感心するばかりである。

 本書の執筆の動機と関連して「まえがき」で、日本では欧米諸国や中国の偉人ならたくさんの名を挙げられる人でも、朝鮮となると一人も挙げることができないのではないかと書いているが、科学史研究および理科教育の大家といえる著者がこのような本を出す意義は大きいといえる。ただ、一つ残念なことは日本の出版事情から仕方のないことかもしれないが、ページ数に比べてちょっと割高なことである。それでも映画を一本見たとして、ぜひ、楽しんでほしい本である。(板倉聖宣著、仮説社、1800円+税、TEL 03・3204・1779)(任正爀、朝大理工学部教授)

[朝鮮新報 2007.8.21]