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第15回アジア競技大会に参加した在日同胞空手選手団 新たなる挑戦へ、第一歩

朝大・姜知衣選手が8強 朝鮮選手団との交流も

 昨年12月1〜15日にかけて行われた第15回アジア競技大会(カタール・ドーハ)に在日同胞空手選手団が出場した。在日同胞の空手選手がアジア大会に出場するのは2002年の釜山大会に続き2度目。代表団は12月7日に日本を出発、現地で朝鮮代表選手と合流し、国際大会のステージに上がった。

「次の大会はメダルを」

優勝した女子サッカー朝鮮代表との記念撮影

 男子組手65キロ級に出場した拳道会京都支部指導員の全寿英選手(24、2段)は緒戦でマカオの代表選手と対戦し、一進一退のポイントの取り合いのすえ、惜しくも8−11で敗れた。

 同クラスはとくに強豪選手が集中する激戦のクラス。05年の東アジア競技大会(マカオ)に続き、2度目の国際大会挑戦となった全選手は、敗れはしたが大会を通し確かなる手ごたえをつかむことができたと感想を述べた。

 朝鮮大学校空手部の姜知衣選手(文学歴史学部1年、初段)は2回戦から出場し、スリランカ代表選手を6−1で下し、準々決勝に進出。強豪のタイ代表選手と対戦したが0−5で敗戦した。しかし、見事にベスト8強入りを果たした。「初めての国際舞台で緊張はしたが、力は出し切ることができた。次のアジア大会では必ずメダルを取りたい」と決意を述べた。

朝鮮代表の誇り

朝鮮空手選手団。前列左端が姜知衣、後列左端が全寿英選手。後列左から3番目が宋修日監督

 日本から遠く離れた中東でのアジア大会に在日同胞3人だけの参加だったが、大会期間、230人の朝鮮代表団と共に貴重な体験をすることができた。日本から参加したわれわれを現地で朝鮮オリンピック委員会の役員らをはじめ、朝鮮の選手たちが熱く歓迎し、激励してくれた。日本を破り8強に進んだ男子サッカー、1人が負傷欠場するというハンデを背負いながらも団体銅メダルを獲得したシンクロチーム、国際大会連戦連勝の射撃チーム、いつも笑顔が絶えない女子ソフトボールチームとの交流で多くの力を得ることができた。

 大会を通してわれわれは、朝鮮の国旗を胸に国家代表選手として試合に臨む誇りを感じることができた。

 現地では女子サッカー決勝戦も直接、会場で応援することができた。PK戦にもつれこむ激闘のすえの優勝に、中東で働く朝鮮の応援団と一緒に喜んだ。祖国から遠く離れた中東の地で流れる愛国歌、そして朝鮮の国旗が掲揚され涙する選手たちの姿に、われわれも涙を抑えることができなかった。表彰式終了後には雨が降るグラウンドで一緒に喜びを分かち合い、選手たちに「多くの同胞たちが日本で実況中継を見ているはずだ。同胞に大きな感動と力を与えてくれてありがとう」と述べると、選手たちも大きな歓声を上げた。

 次の日、選手たちは金メダルを胸に「厳しい日本の情勢の中でも民族を守る同胞たちに喜んでもらえることが何よりもうれしい。これからも勝利で同胞たちに力を与えたい」と力強く述べていた。

確かな感触

 今回のアジア大会で得たものはとても大きかった。確かに国際レベルは高く、空手でメダルは獲得できなかったが、空手道協会結成後の4回目の国際大会挑戦で確かな感触も得ることができた。

 今年のアジア選手権、そして2010年のアジア大会(中国・広州)で同胞空手選手が表彰台に立つ目標もしっかり胸に刻んだ。今大会が「新たなる挑戦」への「確かなる第一歩」になったと確信している。(宋修日、朝鮮大学校空手部監督)

[朝鮮新報 2007.1.17]