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〈北海道朝高ウエイトリフティング部物語F〉 前人未到の全国大会4冠〜最強女子・金恵娟

好奇心旺盛で多趣味の「キムちゃん」 一人の力じゃない、支えられた日々

金恵娟さん

 北海道朝鮮初中高級学校ウエイトリフティング部で唯一の女子部員だった金恵娟さん(20、明治大学2年生)。同部の最初で最後の女子部員だろう。

 中級部から始めたウエイトリフティング。メキメキと頭角を表し、高級部の3年間、75キロ超級で全国選抜大会2冠と全国高校選手権2冠を達成。全国大会4連覇という金字塔を打ちたて、高校女子ウエイトリフティング界にその名を知らしめた。

 「ウエイトリフティングを通じていろいろな人に出会い、つながりを持てたことがうれしい」

 ウエイトリフティングを始めたのは中1の時で、「自ら志願して入った唯一の部員」とは周囲の声。ほかの部員らはうまく乗せられてなんとなく入部したケースばかりだが、金さんはそうではなかった。

 「初級部は舞踊部だったけど、好きじゃなくてしょうがなく入った。走るのも好きじゃないし、それなら一番楽しそうに見えたウエイトリフティング部に入ろうかなと」。

 男性部員たちからは「物好きに見られていた」。練習は男性部員と同じ量をこなしたが、「苦じゃなかった」とさらっと言いのける。監督やコーチにほめられるたびに楽しさを覚えていった。

第6回全国高校女子ウエイトリフティング大会・75キロ超級のクリーン&ジャークで107.5キロを成功させた時の金選手(2004年7月、富山)

 「みんなが喜んでくれるなら1位になろうかなって。それで一生懸命練習した」

 中級部から道大会で敵なし。高1の全国選手権でももちろん優勝を狙ったが3位。初めて覚えた屈辱と悔しさだった。「あの時流した涙が最初で最後」。それからすべての試合で優勝すると心に誓った。有言実行で全国大会4冠となった。

 金太壌コーチは、「こいつを育てれば絶対に全国で勝たせる自信があった」という。「ウエイトリフティングをするための下半身を持っているしバランスがとてもいい。毎回200キロのバーベルでスクワットさせたし、美しいフォームを何度も反復させた」

 金さんは「ウエイトリフティングを始めた時は自分一人の力って思っていたけど、そうじゃなかった。部の雰囲気を厳しくも楽しくもしてくれた監督、コーチ、両親、応援に来てくれる同胞たちがどれだけ自分を支えてくれたかを知った」と語る。

 取材を通じて感じた一番の印象は好奇心旺盛。花の女子大生生活をおう歌する彼女にとって、今は毎日が新鮮だ。話がウエイトリフティング以外の話に移ると、これまたおもしろい。

 大学では「キムちゃん」や「めぐ(恵)ちゃん」と呼ばれている。「読書、映画鑑賞、マンガを読むのも好き。最近は、バイオリンやトランペットにも興味を持っている」。金さんの両親がいうには、好きな歌手は「松浦亜弥」で「宝塚歌劇団」や格闘技のプライドやプロレスも好きだという。

 普段の生活では暇があったらインターネットを見たり、最近ではハンバーグや鶏の照り焼きなんかも作ったり。好きな食べ物はと聞くとすぐに「から揚げ」と返ってきた。その中でも「オモニが作る納豆チャーハンが一番」と笑顔を見せる。

 あれだけ高校女子ウエイトリフティング界を席巻したのだ、当然ウエイトリフティングの舞台で世界に羽ばたいてほしいと周囲は願う。そんな期待とは裏腹に、金さんには思い描く将来の夢がある。

 自他ともに認める動物好きで、「将来はドッグトレーナーになりたい」。ホワイトタイガーとかワニなんかも飼って家につないでおきたいというから驚く。

 両親は語る。「ウエイトリフティングをやっているから力は男勝りだけど(笑)、どこにでもいる優しい女の子」。

 こんなエピソードも語ってくれた。おととしの夏休み、北海道朝高時代と違い、大学生活にどこか物足りなさを感じるのでやめたいと親に言った。それを隣で聞いていた弟と妹が口をはさんできた。弟は「俺は全国1位のヌナの弟なんだって自慢してきたのになんでそんなこというんだ」と怒鳴り、妹は「自分の目標にしていた自慢のオンニなんだよ」と。

 「普段はおめでとうの一言もいわないのに、そんな風に思われているなんて初めて知った」。金さんはそこでもう一度思いとどまった。

 現在、明治大ウエイトリフティング部では、ケガに悩まされてこれといった成績を残せていない。それでも一応の目標は北京オリンピック出場だ。これは北海道朝高ウエイトリフティング部の監督、コーチらの願いでもある。「とにかく今は精一杯やってみたい」。(金明c記者=つづく)

[朝鮮新報 2007.2.28]