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春・夏・秋・冬

 19日に投開票が行われた南朝鮮大統領選挙。野党「ハンナラ党」候補の李明博氏が当選し、与党から野党へと政権が代わることになった。この事実を受けて日本のマスコミ各社や南朝鮮の朝鮮日報などは、単純に「左翼から保守への政権交代」と位置づけするが、正確な表現ではない

▼朝鮮日報などは「左翼」の基準を北と共存共栄を図ろうとする思考、行動の一切に置き、盧政権はもとより金大中前政権をも激しく非難し、6.15共同宣言、10.4宣言そのものに反対してきた。それなら彼らが「奉る」朴正煕、全斗煥など北と公式、非公式対話を重ねた「ハンナラ党」の元祖たちも「左翼」に区分されるのか

▼来年2月、李政権誕生の暁には北との共存、そして「わが民族同士」路線にあからさまに反対し、必死に「居所」を確保しようとする彼ら勢力の蠢動が予測される。しかし、ソウル現地から伝えられてくる見方は彼らが考えているほどに、それこそ単純ではない

▼「南北交流・協力は日常の光景になった。それを白紙に戻して一からやり直すとか、とうてい不可能」「経済だけが争点になった。あとはネガティブキャンペーンの応酬。さらに南北、外交はまったくの素人。ソウル市長としての経験が国政にそのまま適用できるのかどうか」「実用主義、安全運転政権となるのではないか」

▼そして「関与していない」と、「私が作った会社」という相反する二つの発言−投資会社BBKの株操作疑惑の解明が待っている。圧勝はしたが船出には大きな関門が待ち構えている。(彦)

[朝鮮新報 2007.12.21]