警視庁公安部の朝鮮商工会に対する強制捜索の不当性について |
朝鮮総連と在日朝鮮人に対する不当捜査に反対する弁護団 はじめに
安倍政権時代とそれを前後し、朝鮮民主主義人民共和国に圧力を加えるという目的で、全国の朝鮮総連本部、支部、商工会、民族学校、在日朝鮮人の家宅など、合計113カ所に対する警察当局の不当な強制捜索が行われた。 警察当局によるこのような強制捜索の違法性が明らかになり、非難が高まるなか、麻生政権が発足するやいなや、安倍政権時代を彷彿させるような朝鮮総連に対する不当な弾圧がまたもや強行されている。 2008年10月29日、警視庁公安部外事第二課は、捜査官24人と100人を超える機動隊を動員し、「税理士法違反容疑」を口実に、在日本朝鮮東京都新宿商工会、在日本朝鮮総連東京都新宿支部、元新宿商工会副会長宅など、6カ所に対する強制捜索を行った。 しかも、11月27日には、新宿商工会の上部団体である在日本朝鮮商工連合会、在日本朝鮮東京都商工会に対する強制捜索をおこない、元新宿商工会副会長を逮捕し12月3日には新宿商工会総務部長を逮捕するという暴挙にでた。 とくに11月27日の強制捜索は、捜査官約50人と350人以上の機動隊、装甲車両50台を大々的に動員し、物々しい雰囲気をかもし出しながら、早朝7時ごろからはじまり実に8時間にも及んだ。 捜査官らは、元新宿商工会副会長の「税理士法違反容疑」で強制捜索をすると言いながら、新宿商工会のみならず、事件とは何ら関係のない商工連合会と都商工会、総連支部、女性同盟支部、青年同盟支部の事務室にまで立ち入り、無関係な書類などを手当たりしだい押収した。 今回の事件は、1年以上前に簡易裁判所の略式裁判(罰金)で、すでに解決済みである新宿商工会会員の「所得税」問題を無理やり「税理士法違反」と結びつけ立件をしたものであるが、これらは日本の犯罪捜査の一般常識では考えられないものであり、有無を問わず商工会と朝鮮総連を弾圧しようとする当局の思惑が如実に表れたものだと言える。 また警察当局は、以前と同様、マスコミに情報を事前にリークし、捜索現場を実況中継させ、朝鮮総連や商工会、在日朝鮮人があたかも「違法団体」「犯罪人」であるかのごとく描き出す世論操作を行った。 今回の強制捜査に立ち会った古川健三弁護士は、「正確な経理処理のために、小規模経営者をボランティアで補助すること自体何の違法性もないし、税務当局も歓迎してきたことである。税務当局の指摘した問題が既に決着している件を今さらになって蒸し返し、何の関係もない人々まで巻き込んで、捜査対象・事情聴取対象者を無限定に拡大することは、犯罪捜査として許容された範囲を超えるものであって、決して許されるものではないと考える」と述べている。 以下、今回の朝鮮商工会に対する強制捜査の不当性を概括的に述べる。 犯罪事実の不成立 本件強制捜査は、商工会の職員が、税理士資格がないのに、業として、会員の所得税確定申告書を作成したという「税理士法違反」を被疑事実として行われたものである。 しかし、商工会の活動内容は、会員の経済活動及び自主申告を支援・奨励することであって、完全に合法なものである。 そもそも、税理士法が無資格での税理士業務を、刑罰をもって禁じている趣旨は、「ニセ税理士」が跋扈することを防ぎ、納税義務の適正な実現を図るところにあると解される。そして商工会の活動は、会員らの経済活動と自主申告を支援・奨励することで、適正な納税に寄与するものである。 これは、現に、全国の多数の税務署が、商工会に対して感謝状等を授与していることからも明らかである。商工会の職員らの活動は、「ニセ税理士」として処断されるようなものではありえない。 本件強制捜査は、その根拠とされている被疑事実が、犯罪を構成するか極めて疑わしいという1点をもっても違法であると言わざるをえない。 政治的意図に基づく強制捜査 本件強制捜査は、「税理士法違反」という「犯罪」捜査が目的ではなく、商工会及び朝鮮総連に対する政治的弾圧を主目的とする違法・不当な権力の行使であり、断じて許容できない。 本件強制捜査については、商工会の会員による脱税事案と関連づけた悪宣伝が行われている。しかし、先行事件である脱税事案については、すでに2007年6月、略式手続により罰金刑が下されており、刑事事件としてはすでに解決済みである。本件強制捜査は、すでに解決済みの事件に商工会の会員が関わったことを口実とし、1年半以上たった今になって、強引に事件化し、強行されたものなのである。 また、本件令状の発布請求者は、警視庁公安部外事第二課の警部である。租税法違反に関する事実の解明のためであれば、生活安全部等が担当部署となるはずであるにもかかわらず、朝鮮総連を担当する公安部外事第二課が捜査を担当していること自体、本件強制捜査が、犯罪捜査を目的としていないことを雄弁に物語っている。 さらに、捜査機関は、税理士法違反とは何らの関連性もない、他の総連傘下団体(青年同盟、女性同盟など)の名簿までも、全て押収しようとした。捜索に立ち会った職員らの抗議により、他団体の名簿の押収はかろうじて阻止したものの、これらの名簿まで押収を強行しようとしたことは、本件強制捜査が「税理士法違反」という「犯罪事実」の解明が目的ではなく、商工会及び総連の組織実態の把握等を目的としていたことを示している。 この点、米国による朝鮮民主主義人民共和国「テロ支援国家」指定解除が実現したこの時期に強制捜査が行われたことについて、政府高官の思惑が働いたであろうことを指摘せざるをえない。本件強制捜査の当日、漆間巌官房副長官は、拉致問題対策本部関係省庁対策会議において、「大事なのは北朝鮮が本当に困る圧力をかけられるかどうかだ。今後、工夫する必要がある」と発言している。 漆間官房副長官は、安倍政権下で警察庁長官を務めた際には、「北朝鮮に日本と交渉する気にさせるのが警察庁の仕事」「北朝鮮が困る事件の摘発が拉致問題を解決に近づける。そのような捜査に全力を挙げる」などと発言し、朝鮮総連関連施設に対する強制捜査の指揮をとったとされる人物である。 必要性、相当性の不存在 百歩譲って、「税理士法違反」の疑いがあり、事実解明が必要であるとしても、任意の捜査によることが可能であって、早朝から、数百人の機動隊を投入して大がかりな強制捜査を行うべき必要性も相当性もない。 いうまでもなく捜索・差押えは、重大な人権侵害を伴う強制処分であり、犯罪捜査のために必要かつ相当な場合に限って許容される。捜査機関が、令状の請求にあたって、また実際の捜索・差押えにあたって、このような要件を真摯に検討したとは到底考えられない。また、捜査機関の暴走に歯止めをかけるべきであるにも関わらず、安易に令状を発布した裁判所の責任をも指摘せざるをえない。 本件強制捜査は、6者協議で孤立を深めつつあることに危機感を感じた日本政府による、独自の「制裁」としても捉えられる。 本件強制捜査の悪質性 2005年以降、朝鮮総連関連施設に対する強制捜査が相次いだ。一連の強制捜査の中には、「税理士法違反」を口実とするものが、本件を含めて4件存在する。 「税理士法違反」を名目とする強制捜査は、その他の事案と比べ、次元の違う悪質性を有している。 すなわち、一連の強制捜査のほとんどは、「薬事法違反」「電磁的公正証書原本不実記載」(車庫飛ばし)、「詐欺」(高齢者優待切符の不正使用)など、極めて軽微で、かつ、総連自体の活動とは何ら関係のない容疑を口実として強行されたものであった。 しかし、「税理士法違反」を理由とする強制捜査は、まさしく、会員の経済活動及び自主申告のサポートという商工会の本来的活動それ自体が違法であるとするものである。ここに至って当局は、朝鮮総連に対する政治弾圧を一段高いレベルに引き上げたものと見るべきである。 おわりに 日本に長期居住する朝鮮人は、日本の朝鮮に対する植民地支配により、強制連行されてきたか、植民地支配下での生活に耐え切れず生きる道を探して日本に居住することとなった人々とその子孫が大部分である。 朝鮮商工会は60余年に及ぶ歴史をもつ在日朝鮮人の経済団体であり、社会的差別や偏見にさらされてきた会員の商工活動のサポートを主たる業務としてきた。 ここ数年、警察当局は朝鮮商工会を狙い撃ちし、北海道、兵庫、京都などで「税理士法違反容疑」による不当な強制捜索を強行し、朝鮮商工会の業務を著しく妨害するばかりか、イメージを傷つける暴挙を繰り返してきた。 私たちは、このような異常な状況が速やかに是正されることをひたすら願い、当局に対して朝鮮総連と朝鮮商工会に対する不当な政治弾圧と人権侵害を中止することを強く要求してきた。 今回、当局が平和と緊張緩和に向かう朝鮮半島情勢の時流に逆行して、「独自の対朝鮮追加制裁」をうんぬんし、商工会に対して不当な強制捜索を行ったことは、在日朝鮮人とくには朝鮮商工会に「制裁」のターゲットを絞ったことを如実に示していると言わざるをえない。 朝鮮商工会への一連の強制捜索が、朝鮮への「経済制裁」「追加制裁」のための「圧力手段」として悪用されていることは断じて許しがたいことである。 それはまた、戦前戦後の歴史的経緯をもつ在日朝鮮商工人に対する重大な人権侵害として日本の民主主義や人権、良心に対する暴挙として告発されなければならない。 2002年9月17日の日朝平壌宣言では、「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明」し、「在日朝鮮人の地位に関する問題及び文化財の問題については、国交正常化交渉において誠実に協議することとした」がうたわれており、警察当局による一連の強制捜査は日朝平壌宣言の精神と文言に反する行為として容認することはできない。 日本政府とマスコミによる不純なキャンペーンが大々的に行われることにより、朝鮮学校に通う児童への嫌がらせが日常的に行われ、朝鮮総連会館に対するテロ行為、在日朝鮮人への迫害がいつ何時起こるかわからない「緊張状態」が形成されている事態に対して、日本政府は真摯に反省し、歴史的・国際的責務を果たすべきである。 私たちは日朝両国の関係正常化と平和・友好を願う立場から、日本当局が朝鮮総連と朝鮮商工会に対する、愚かであからさまな政治的弾圧と人権侵害を直ちに中止することを強く求めるものである。 [朝鮮新報 2008.12.3] |