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朝鮮IT産業飛躍の展望 ソフト開発に力、独自のOSも

プログラム技術で世界に挑む

 【平壌発=金志永記者】9日に行われた最高人民会議第11期第6回会議で、金日成主席の生誕100周年を迎える2012年まで国家科学技術発展5カ年計画を推進することが決まった。計画初年度となる今年、情報産業発展に国家的な力が注がれる。朝鮮のプログラム開発者は、この部門の研究や活動、成果について「金正日総書記の指導」を根拠に説明する。今年1月21日、金正日総書記は第18回全国プログラムコンテストおよび展示会(2007年10月24〜31日)に出品されたプログラムを見て回った。その際、現場で最高指導者の指導を直接受けた金策工業総合大学情報科学技術大学のリュ・スンリョル学長(60)は、「わが国の情報産業の新しい飛躍を確信した」と言う。

専門用語を駆使

朝鮮コンピューターセンター(KCC)の外観)

 全国プログラムコンテストおよび展示会は1990年から毎年開催されている。展示会には各単位で開発されたプログラムが展示される一方、国の情報産業発展にむけて毎年一つの課題が提示され各単位がその実力を競う。昨年の課題は「英朝翻訳プログラム」だった。

 今回、「総書記が第18回コンテストに出品されたプログラムを見て回るのに同行しながら10年前を思い出した」と、リュ学長は話す。

 98年2月8日、総書記は第9回全国プログラムコンテストおよび展示会に出品されたプログラムを見て回った。その際、プログラムに対する説明を担当したのが当時金策工大コンピュータ学部長を務めていたリュ学長だった。

 「それまで総書記がコンピュータ関係に明るいとの話を聞いたことはあったが、あの日それを実感した」

 総書記が最初に見たのは「朝鮮の切手」というマルチメディアプログラムだった。リュ学長が解放後から97年までに発行された4300種の切手を収録したと説明すると総書記は専門用語を交えて質問した。

 「切手はイメージスキャナで取り込んだと説明したところ、このプログラムに出力機能があるのかとの質問が返ってきた。私がプリンタを接続すれば切手のイメージを出力できると返答すると、総書記は随行した幹部らにコンピュータとは本質的にインプット(input)とアウトプット(output)から成りたっていると述べた。私はコンピュータに対する新しい定義ですと返答した。情報処理装置としてのコンピュータの本質を簡潔に言い当てたものだった」

研究者への信頼

リュ・スンリョル学長

 当時展示されたプログラムは25種。リュ学長は、「総書記は各プログラムの欠点や改善方向をすべて指摘した」と話す。

 朝鮮文章編集プログラムの書体についての総書記の発言は、今でも彼の記憶にはっきりと残っている。

 「当時、朝鮮語の書体は十数種類にしかならなかった。総書記は、母親にあてた文章と友人にあてた文章では書体が異なる、人々の多様な需要を満たそうとすれば書体がより豊富でなければならない、少なくとも50種類は開発すべきだと語った」

 近年、朝鮮の囲碁プログラムが国際的に高い評価を受けている。これは人工知能に関するプログラムの発展水準を示すものだ。学長はその始まりも「10年前の指導」にあると指摘する。

 「当時、朝鮮将棋のプログラムが展示されたが、総書記は事前にプログラムのレベルが低いとの報告を受けていたようだ」

 リュ学長は将棋プログラムに関して総書記に次のように説明した。この分野のプログラムでは、囲碁が最も難しく次に将棋だが、中でも日本将棋が難しく次に朝鮮、中国将棋だ。チェスは最も簡単な部類に属するが、数百台を連結したコンピュータが人間と対戦して勝ったのは昨年の事だ。

 「国際的にチェスプログラムの開発レベルですらこの程度だ。たとえレベルが低くても朝鮮将棋プログラムをそれなりの水準で作ったこと自体が大きな成果であって、今後囲碁プログラム開発にも取り組む予定だということを説明した。このような説明を聞いた総書記は、開発者の肩をたたきながら、技術をさらに高めなさい、それに成功したらコンピュータを持って私を訪ねてきなさいと語った。この部門の開発をより強化する課題を与えられたと思った」

「朝鮮式OS」

 10年前、国内のプログラム開発の規模は決して大きくなかった。朝鮮コンピュータセンター、平壌情報センターのような専門機関と金日成総合大学、金策工業総合大学などの大きな大学にだけ人材が集中していた。開発の対象と内容に関しても「大型のプロジェクトはあまりなかった」と学長は当時を振り返る。

 ところが総書記の指導を契機により高い目標が提示された。「全てのプログラムがマイクロソフト社のツールを使って開発されたという事実から、総書記は独自のツールがなければプログラムも千編一律式のものしかできないと指摘した」という。プログラム開発者はその指摘を「朝鮮式ツール」の開発に対する課題として受け止めた。

 リュ学長は01年にも、新しい課題を受けた。総書記の金策工大に対する現地指導で「朝鮮式オペレーティングシステム(OS)」の開発問題が提起された。それまで国内コンピュータの多くは、米マイクロソフト社のウィンドウズによって操作されていた。

 プログラムのソースコードが公開されているリナックス(Linux)についてはある程度知られていたが、それに基づいたOS開発は個別に試験的に推進する程度であって、金策工大でも関連教育を始めたにすぎなかった。

 「技術者たちはマイクロソフト社のばく大な資金と人員を動員した数十年の研究にどのように対抗するのかと考えがちだが、総書記はまったく異なる発想をした。朝鮮におけるソフトウェア技術の発展は全面的に総書記が導いた結果だ」

経済建設に貢献

 98年から10年の間に多くのコンピュータ研究および技術者養成所が設立された。それぞれの単位で散発的に行われていた開発事業を国家が統一的に掌握するようになった結果、「大型プログラム」も登場した。総書記は、10年ぶりにプログラムコンテスト出品作を見て回り、それらを高く評価した。

 「総書記は、朝鮮民族は聡明なのでコンピュータ分野においても必ずトップレベルに到達できると私たちを勇気づけてくれた」

 労働新聞によると、総書記は1月21日、「人民経済の近代化、科学化を実現するうえでソフトウェア技術を効果的に活用しようとするなら、朝鮮式のコンピュータ産業を発展させてわれわれに切実に必要なプログラムをより多く開発すべきだと強調した」。

 世界に挑む朝鮮のコンピュータ産業。プログラム開発者の中にそれを不可能な話だと思う人はいない。リュ学長は、「今、われわれは新しい目標へ向けてまい進している」と自信に満ちた表情で語った。

[朝鮮新報 2008.4.25]