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若きアーティストたち(56)

俳優 河榮俊さん

 映画「ヒョンジェ」(監督=井上泰治、脚本=田村みつる)は、「ある凶悪犯罪事件を起点に70年代の大阪を舞台にした、日本人と在日朝鮮人との深い亀裂を乗り越え、共に生きようとする人間たちのストーリー」を描いている。そのメインキャストの一人、「金英哲」を演じた。

 子どもの頃から映画が大好きで、テレビのロードショーは毎週のように観ていた。目立つことも好きだった。テレビやスクリーンの中で活躍する俳優たちに、憧れを抱いていた。

 成長するにつれて、憧れで終わりたくないという思いが募った。何もせずに諦めたくもなかった。

 高級部3年のときに役者になろうと決心した。そして高級部卒業後は、アクターズクリニック大阪校で2年間レッスンを積んだ。芝居のことは何もわからなかったから、がむしゃらに稽古に励んだ。台本を覚え演じることは想像以上に難しかった。けれど、そんな中にもおもしろさがあった。

 スクール終了を間近に、「ヒョンジェ」の出演話が舞い込んできた。オーディションを受け見事合格。役者を目指してから3年目にして初めてつかんだ大役だった。ベテランの俳優らにスキルは及ばない。だから、寝食を忘れ全力で挑んだ。

 声がこもったり、台本をうまく読み解けなかったり、演技がままならなかったり…と、毎日のように監督に怒鳴られた。それでも、めげずにぶつかっていった。

映画「ヒョンジェ」ではメイキングキャストの一人「金英哲」を演じた。迫真の演技に注目(DVDが全国で発売、レンタル中)

 また、撮影期間中、出番のない日でも台本を片手に現場に入った。なぜなら、朝鮮語の言語指導も任されていたからだ。

 映画の宣伝活動のため、チケットを売ることに奔走した。昨年3〜4月に大阪の第七藝術劇場での上映の際には、535枚を売った。映画は大盛況だったうえに、自主上映が決まり、東京や名古屋などで順次公開された。

 06年春、21歳で上京。「東京に行けば、すぐ事務所に入れて、スムーズに活動もできると思っていた」と、当時を振り返る。

 期待を膨らましてやってきた東京だが、事務所はなかなか見つからず、仕事も回ってこなかった。焦燥に駆られながらも、悩むことはしなかった。「初めは、何でも難しいことから始まる。そこで立ち止まって悩むより、次に向かって行動する方がいいんじゃないかな」と、自分に言い聞かせていた。

 挫折しなかったもう一つの理由は、周りの人たちに恵まれていたからだという。「つらいことがあっても、話し合い、励まし合える仲間がいた。だから、落ち込んだ時もすぐに立ち直れた」と誇らしげに話す。

 周囲への感謝の気持ちを胸に、アルバイトをしながら事務所を探し回った。そして今年2月、「大沢事務所」に所属した。

 芸名は「ハ・ヨンジュン」。日本名に改名した方が良いという声もあったが、名前だけは譲れなかった。「本名を隠したくなかった。朝高を出たプライドがあったから」。

 彼にとって「在日」は一つのアピールポイント。しかし、それ以前に、一役者として大きくなりたいとの思いもある。

 役者を通じて、人との出会いやつながりの大切さを実感した。支えてくれる人たちに恩返しをする意味でも、「いろいろな作品に出たい。また、気持ちで演じたい。見る側の心に響くような芝居をしたい。『生きた役』を演じられるような役者になりたい」と抱負を語った。(姜裕香記者)

※1984年生まれ。京都朝鮮第1初級学校、京都朝鮮中高級学校卒業。05年アクターズクリニック大阪校終了。現在、大沢事務所に所属。演劇集団「スプートニク」の一員として活動。10月中旬に東京・新宿のシアターブラッツにて公演(タイトル未定)を予定。出演作に映画「ヒョンジェ」「パッチギ!」、テレビドラマ「僕と彼女の間の北緯38度線」「名犬フーバーの事件簿」など。

[朝鮮新報 2008.4.14]