top_rogo.gif (16396 bytes)

「命の舞台降りた」 岡部伊都子さんを悼む

たおやかさと不屈の心貫いて

 「日常は、生きている間の、いのちの舞台」だと語り、病弱な小さな体からあふれでる平和への思い、ものへの慈しみ、生への感謝をやさしく綴った随筆家の岡部伊都子さんが4月29日、肝臓がんによる呼吸不全で死去した。85歳だった。

 たおやかな風情で、美の世界を追求した岡部さんだったが、奢り侮るものへの怒りは誰よりも強かった。00年、京都・加茂川のほとりのご自宅を訪ねたときに、自らの生き方についてこう語っていた。「不審を抱くこと、真実を追究すること、納得のゆかない時は不服従であること、さらに怒るべきことには怒ること、異議を叫ばねばならぬことは異議を叫ぶこと、抵抗すべきことには抵抗すること、許してはならぬことは許さぬこと。そういう思考をする人間でありたい」と。

ろうそくのように命を燃やして、虐げられた人々に尽くした一生だった(加茂川べりを散歩する岡部さん)

 岡部さんは当代の名文家として高い評価を得た。1923年大阪に生まれ、大阪相愛高女を病気のため中退。戦後結婚するが、離婚して実家に戻った。54年以来、執筆生活に入った。独特のやわらかい筆づかいで、戦争と差別、社会の矛盾、性差別について批判した。朝鮮の統一や在日朝鮮人を取り巻くさまざまな問題にも心を寄せ、惜しみない支援を寄せた。著書は「沖縄からの出発」「美と巡礼」シリーズ(全5巻・藤原書店)など120冊を超える。96年の著作選集「岡部伊都子集」(全5巻・岩波書店)は、愛読者でもある作家の落合恵子さんと評論家の佐高信さんが企画・編集を担当した。

 4年前には約半世紀にわたる「母なる朝鮮」への思いを込めた随筆集「朝鮮母像」を出版した。本書カバーには岡部さんの朝鮮への万感の思いをつづった次のような言葉が記されている。「愛好家は一びんの李朝白磁を手にいれるためには、惜しみなく万金を投じる。だが、その壺にひそむ涙は思わぬ。そして、朝鮮芸術をこよなく愛し尊びながら、現実社会では朝鮮人を見下げ、苦しめつづけている」と。

 同書出版後、東京・四ツ谷で開かれた特別講演会「平和で差別のない社会を求めて」で演壇に立った岡部さんは「65年からずっと家に無言電話や脅迫状が来る。来るたびに思うのは『私はまだ節を曲げてへんで』ということ。この国で覚悟せなんだら、何も言えへん。何も書けへん」。

 (会場の聴衆からの「半世紀も闘って来られてお疲れになりませんか」という質問に対して)「闘わないとかえって疲れる。まず自分との闘いに勝たないと生きる意味がない」と目の覚めるような即答をされた。その潔さに会場に一瞬水を打ったような気配が漂ったことを思い出す。

 病に伏されてからも、時々電話で話したが、岡部さんはいつも朝鮮学校へのさまざまな差別に憤り、「経済制裁」「万景峰92」号の入港禁止の動きに危惧の念を表しながら、「本当に腹立つな」「日本の責任や。日本が朝鮮を侵略したから、解放後も二つに分断された。日本で差別が続いているのもそのせいだ。そのことを考えると辛い」と話していた。

 「愛情というものは魂の交歓」であると語っていた岡部さん。朝鮮半島の人々と文化への深い愛を抱きながら、「在日の人たちに働いたあんな無礼はもう許されない、日本を喜びの多い国に、苦しんできた人たちの痛みを喜びに変えていくようにしなければ」と心に希望を燃やし続けた。不屈の精神、大らかな愛を貫いた生涯に敬意を表したい。(朴日粉記者)

◇      ◇

 「お別れ会」は5月31日午後3時から京都市上京区寺町通丸太町上ル松蔭町141−2の洛陽教会で。連絡先はギャラリーヒルゲート(TEL 075・231・3702)。

[朝鮮新報 2008.5.12]