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〈本の紹介〉 雨森芳洲と玄徳潤

18世紀の日朝結ぶ絆に光

 雨森芳洲は多面的な人である。18世紀日朝間の人間理解と和解に努め、両国間の文化的または政治的な折衝にもあたった、稀有の、そして真の国際人という一面。それ以外にも、儒学をもって対馬藩に仕えて、藩主への講学やその心がけを説くだけでなく、多くの漢詩文や和歌を詠み、随筆を草し、朝鮮の歴史とその国民性を説き、さらに弟子の教育に当たっては、話し言葉を重んじる現場主義を貫き、その方面の著作を残している。

 芳洲の学問の領域は、漢詩・漢文学や儒教はもちろんのこと、国文学、歴史学、民俗学、言語学および言語教育学、さらに文化人類学までも網羅して余りある、と著者は畏敬の念をもって記している。

 そして、本書の特異な点はそれだけにとどまらない。これまで日本で刊行された芳洲に関する著作は、朝鮮側の彼の相方であった玄徳潤については、従来語られることがあまり多くはなかったが、本書では、玄徳潤とその一族の倭学訳官としての活躍の跡を、できるだけ詳しくたどろうとしている。死後、釜山に建立された徳潤の墓渇碑には「ああ、君こそ後世の鑑だ。だから、どうかここでは木を伐ることも土地を耕すこともしないで、この善き人の静かに眠る、この墓を荒らさないでほしい」と刻まれている。その人柄がしのばれようというものだ。

 現地の事跡を丹念に調査しながら、歴史や文学の領域を超えて、当時の日朝交流の実相にアプローチしようとする著者の誠実な姿が清々しい。(信原修著、明石書店、6500+税)(粉)

[朝鮮新報 2008.6.2]