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〈朝鮮と日本の詩人-60-〉 上林猷夫

強くこみ上げてくるもの

 私は百貨店の廂の下でバスを待っていた。
 省線に跨る陸橋の仮橋。
 蒸気ハンマアの地響きが絶えず甲高く落ちてくる。
 板囲いに沿ってひっきりなしに人が続いて出たり行ったりごった返している狭いターミナル地帯。
 ふと私は背後に変ななまりの日本語を聞いたので振り返ると
 五つ位の女児の手を引いた半島の女が
 小さな紙片を示し傍のものに行先を訊いているのであった。
 どうも要領を得ぬ様子でぼんやり相手の顔のあたりを眺めていたが
 急に子供の手をひっぱり駆け出して行った。
 向うの人込みの中から黄服の半島の女が出てくるところだった。
 二人は立止まり長く話し合っている肩にやすらいがあった。
 瞬間私は何か強くこみ上げてくるものを感じた。
 私の後できっと一群の人々もこれを見たであろう。

 「阿倍野橋付近」の全文である。ごった返す工事現場を見ながらバスを待つ「私」が背後に聞いたのは、不慣れな日本語を話すときの朝鮮人独特のなまりのある言葉であった。「私」は思わず振り返った。おぼつかない日本語で道をたずねている朝鮮人親子を見つめる「私」は、わかるのだろうかと、なにか不安にかられる。だが、同胞を見つけて駆け出し、救われたように話し合う朝鮮人同士の姿に、「私」は安堵する。「私」が二人の立ち話の様子に「強くこみ上げてくるものを感じた」のは、異国で巡り合った、互いに見ず知らずの朝鮮人が、同胞としてうちとけて長話をする様子に、ほのぼのとした情感を覚えたからである。差別意識のない良心的な日本人の思いをモチーフにした作品だといえる。

 上林猷夫(かんばやしみちお)は1914年に札幌で生まれた。同志社高商在学中から詩を書き始め詩集「都市幻想」で第3回H氏賞を受賞し、日本詩人会の理事を務めた。作品は「上林猷夫全詩集」(76年潮流社刊)にまとめられている。(卞宰洙・文芸評論家)

[朝鮮新報 2008.7.7]