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〈本の紹介〉 海鳴り

詩情とリアルな生活実相

 本書は文芸同作家の誠実な目で見た在日同胞をめぐる深刻な問題性を提起した短編小説集である。

 作品「初雪」は、京都洛西の山麓に初雪が降った日の、夫の納骨の模様から発して、李順伊の結婚式とその後の複雑な半生が回想される。民団家庭の視点からの「在日」生活相である。西陣織の小さな店舗をかまえた夫は、死後少なからぬ負債と女性問題まで残していた。弟の正善(作者自身であろう)少年に皮グローブを買ってくれたこともあって、やっと結婚に踏み切ったのであったが…。作品では貧しいながらも誇りを持って、民族教育に携わる弟のいきざまとの対比の中で、李順伊の弟夫婦への漠とした共感が白雪にイメージ化されて締めくくられる。

 作品「海鳴り」−作者の、少年時代に思わず投げた石が当たってケガさせたその叔父がじつは「浮島丸事件」の犠牲者だったという実体験と重なる身近な問題設定と、「心の奥深くでうずいている」海鳴りの強い印象の結びつけが特徴的。

 作品「山つつじ」−河那おばさん(父の結婚を世話、作者も幼少の頃から何かとめんどうを見てもらった。帰郷後、「慰安婦」として中国吉林に送られたという消息を社協・調査団から聞く)の痛恨の死と、少年時代に見た故郷の山つつじに漂う哀感…。

 国際結婚、同化の問題を扱った作品「彷徨の日々」、1世の父母らが果たせなかった2世金貴美子(子ども4人を朝鮮大学に)の故郷訪問を扱った「密陽の里」…。

 詩情とリアルな生活実相の淡々とした描写が、在日同胞の苦渋の歴史と問題点を鮮やかに浮き彫りにしている。エンゲルスの言葉のように−「作者の政治的見解は、隠されたままである方がよいのです。リアリズムは作者の見解のいかんにかかわらず表現されるものとわたしは信じております」(辛榮浩著、1500円+税、新幹社)(金学烈・朝鮮大学校元教授)

[朝鮮新報 2008.7.14]