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〈朝鮮の風物−その原風景 −13−〉 タルノリ その2

女権への男権の不当性も表現

 時代を超えて連綿と受け継がれてきたタルノリは、17世紀から18世紀にかけて全国各地に根をおろし、それぞれ個性豊かな地域タル文化を創生させた。

 しかしその後の激しい時代変化と、とくには日本植民地支配による民族文化抹殺政策によって各地に開花した地域タル文化は急速にその姿を消していった。

 現在伝承されているタルノリの分布をみると−ソウルを中心にした京畿道一円の山台ノリ(楊州、松坡)、黄海道を中心とした海西地方のタルチュム(鳳山、康翎、殷栗)、そして洛東江をはさんだ東側の釜山一円の野遊(水営、東来)、西側の慶尚南道の五広大(固城、統営、駕山)などがある。このほかに、系統が異なる仮面劇として河回別神クッノリ、北青獅子などもある。民族文化抹殺政策に耐え抜いた貴重かつ数少ない民俗文化遺産である。現在、私たちが見ることのできるタルノリはほぼ朝鮮王朝時代後期に形作られたもので、祭祀・儀式的要素が薄れ、娯楽性を主眼とした芸能的要素の強いのが特徴である。

 タルノリは音楽の伴奏にあわせて踊りと歌で構成される部分と、台詞からなる演劇的部分から成り立っている。その内容は地域によって若干のちがいはあるが、大きくは雑鬼を祓う儀式にはじまり、破戒僧、両班に対する風刺と批判、男女間の葛藤などが主な演目となっている。

 そこで舞われる踊りは躍動的で力強い。とくに墨僧、老僧、マルトゥギらの跳躍する激しい踊りは圧巻で、タルノリの芸術的水準の高さを示す代表的舞踊の一つである。

 タルノリの支配階層にたいする風刺・批判精神についてはすでに触れたが、さらに言及すれば支配階級の身分的特権と権威主義にたいする批判、その無能、退廃ぶりを風刺する強烈さは、朝鮮朝末期権力構造の制度の中でよくぞそこまで表現できたものだとあらためて驚かされる。また、男女間の葛藤を通じて女権に対する男権の不当性が赤裸々に表現され、人権の社会的矛盾への批判もタルノリの革新的時代意識の表れである。

 ところで、タルノリの「タル」は、仮面を意味する固有朝鮮語だが、古い文献をみると「仮面」「面」「広大」「仮首」他の漢字があてられている。ところがこの「タル」にはこのほかに、病気、事故、災難などの意味もある。例えば「壕纏戚 概陥」(お腹をこわした)、「纏 概陥」(大変なことになった)などがそれである。

 仮面の「タル」が事故、災難などを意味する語義にも使われるのはなぜか。これにはさまざまな見方があるが、タルが祭祀行事において邪鬼、災難、病魔を祓う機能を果たしたことから、転じて病気、事故、災難をも「タル」と呼ぶようになったという説は興味深い。そして「タル」は日本語の「たたり」「つつか」に対応し、この「たたり」「つつか」にもかつては「仮面」の義があったと解釈している(「古代日本語の謎」江上波夫・大野晋編 毎日新聞社)。

 ちなみにタルノリでは上演前、祭壇に仮面を安置してコサ(告祀)の神事をおこない、上演後には仮面を燃やして処分する。仮面にたたりがこもり不幸を招くと信じられていたからである。そのため、ごく例外を除きタル(仮面)はほとんど現存しない。(絵と文 洪永佑)

[朝鮮新報 2008.8.22]