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〈本の紹介〉 詩集「いずも」

「泉が湧出すように」

 林さんはもう就職しとうないと言っとった/電話で四十年ぶりに聞く/中学校の担任だった土江先生のやさしい声

 同級生の林恵美子は笑えば、右頬に小さなえくぼができる明るい少女だった

 もう就職しとうない/私の中であの穏やかな彼女の顔がゆがむ/そうだったのか

 一九五〇年代の終わり/日本人は朝鮮人の就職を拒否してきた/彼女も何度拒否されたことか/二十名の同級生の中で/朝鮮人は五名いた

 高校に進んだ私は四十年経って/えくぼの顔の朝鮮人同級生の屈辱を思う/私の無知に体がゆれる

 この詩は笹本征男氏の詩集「いずも」(05年刊行)に収められている「朝鮮人の同級生」と題する詩。1944年、島根県生まれの詩人の少年時代の回想から生まれたもの。山陰地方の小さな町でも免れえなかった朝鮮人への就職差別の風景にも鋭い批判の目が向けられている。

 静かな居住まいのなかに突き上げてくる憤り、そして、深い心の傷を負ったであろう同級生への思いが、ひたひたと胸に染み込んでくる。

 詩集には朝鮮に寄せる心情が投影されており、朝鮮を蹂躙した日本、そしてその一員である自らへの鋭い自省が率直な言葉で綴られて胸を打つ。

 それにしても驚嘆を禁じえないのは、これらの詩は著者が前立腺がんで入院した東京医療センターの病室で書き留めたメモから生まれた事実。「堰き止められた泉が突然湧出するように詩が出てきた」という。それは生か死かを前にして、自らに向き合った、偽りのない言葉なのだ。(笹本征男著、1600円+税、土曜美術社出版販売、TEL 03・5285・0730)(粉)

[朝鮮新報 2008.9.8]