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「わたしの戦後出版史」の著者 松本昌次氏に聞く 「朝鮮戦争が私の戦後の出発点」

権威に縛られず、目線は常に弱者へ

「一日も早い日朝国交正常化の実現を」と力説する松本さん

 在日朝鮮人にとっては「金日成著作集」「朝鮮革命博物館」などでおなじみの出版元、未来社の編集長、あるいは影書房の代表取締役として知る人ぞ知る存在だ。

 81歳の今も、編集者として意気軒昂と仕事を続ける松本昌次さんは、戦後史を刻印する数多くの名著を手がけた「伝説的・神話的」(聞き手=鷲尾賢也・元講談社編集者の言葉)な人物として名を馳せている。本書に取り上げた綺羅星のごとき作家・学者だけでも丸山眞男、藤田省三、埴谷雄高、上野英信、井上光晴、野間宏、木下順二…など各ジャンルにまたがる驚嘆すべき顔ぶれが並ぶ。生涯2000冊の本にかかわり、数々の名著を世に出した陰には、時代と格闘しつづけた松本さんの熱い奮闘が脈打つ。朝鮮問題との出会いをはじめたくさんのエピソードを聞いた。

 ほれ込んだ著者の本を売れなくても出し続け、しかも、高校の教え子で「タタキ大工」庄幸司郎とのコンビで、竹内好はじめ有名な作家たちの家まで建ててしまう話は、本書の中で、とくに笑えるエピソードである。

 「戦後のあの時期は、知識人と民衆の垣根がなかったように感じる。庄さんを丸山眞男さんに紹介したので、書斎の増築や書庫などを建てて、大変親しく出入りしていたが、あるとき、仕事に行った彼に、丸山さんが時間があるから少しダベろうかといって、延々8時間に及んだことがあると、庄さんが話していた」という。

 随所に作家たちの人間味あふれる素顔がスケッチされているのも本書の魅力の一つ。著者と編集者の濃密なつきあいに時代が滲む。東北大学を卒業した松本さんはなぜ、この道を歩むことになったのか。

 「日本の敗戦は、皇国少年だった私にとって、まさに晴天の霹靂でした。茫然自失、それまでの私はいったい何だったのか、無念の思いで、それからの5年間は、いわば夢中で戦後の動向を追いかけていた」「しかし、朝鮮戦争は、私にそれまでと全く違った衝撃を与え、ぐんと前に押し出した。毎日のように、日本の基地から米軍の爆撃機が朝鮮に飛び立っていたのだから。それ以降、今日までの仕事に、ある目を開かせてくれたのは、朝鮮戦争だといってもいい。これが、私の戦後の真の出発点だといえる」

 松本さんは、編集者はただ単に本をつくっていればいいというもんじゃない、心をかけた著者と仕事をすることは、その著者と共に時代を変革する運動に自らも関わることだと力説する。それが、「天皇制国家の支配原理」を著した藤田省三との濃厚な関わりの中にもくっきり映し出されている。

 「藤田さんの行動と発言には、戦後日本が抱えた問題と、これからの日本を考えるうえで避けることのできないすべてがある、といってもいいじゃないかと思う」

 「彼は言っている。『日本人ほど自己批判を知らず、自己愛(ナルシズム)まみれの奴はいない、日本はよそさまの不幸で儲ける国、歴史的に外国の物真似・模倣の国、安楽への全体主義にどっぷりつかって、在日朝鮮人やアイヌや外国人労働者など少数派を排除し、彼らをひき臼≠ノかけて摩滅させて平気な国と、批判の限りを尽くす。日本は、世界から見ると、傲慢で、ずうずうしくて、厚顔無恥、しかも無知も加わって、なんとも恥ずかしい』と」

 「自虐史観≠セとか美しい日本≠ネんて言ってる学者や政治家が、こういうことをどこまでわかっているか、まあ、考えたことも、読んだこともないだろうが…」と。

 権威に縛られず、目線を常に虐げられている社会的弱者のなかに置いてきた松本さん。大学を出た後、高校の夜間部の時間講師として働き、働きながら学ぶ学生らと出会ったことが、その後の人生を決定づけたと振り返る。亡くなるまで強制連行されてきた筑豊の朝鮮人炭鉱夫らと共に生きてきた上野英信らとの交流も感動的だ。

 「上野さんの記録文学やエッセイの根底を流れるものは、社会的矛盾を一身に背負っている人々への痛切な思いであり、それらを見過ごし、放置し、抑圧している人々への怒りだ。これは現代の日本の文学や思想に最も欠けているものだ」

 年間8万点の新刊書、そのうち40%が返品、という虚しい日本の出版事情。しかも売らんがために「北朝鮮バッシング」が幅をきかす。松本さんの憂いは深い。

 「何よりもまず日本がなすべきは、北のみならず、アジア諸国に対する侵略責任・戦争責任を真に反省し、自己批判することだ。この出発点に戻らないかぎり、何ごとも進まない。『テポドン』どころか、日本と韓国の米軍基地で何百発といわれるミサイルが北を狙っている」

 「『拉致』は許しがたいことだが、日本はかつて何をやったのか。そのことを認め、謝罪することから解決の道を探らねばならない。日米の経済制裁がいかに北の民衆を苦しめているのか、想像しなければならない。日本から進んで国交を開く努力をまずすべきだ」

 朝鮮戦争からすでに60年近い歳月が過ぎたが、朝鮮への立場は揺るぎなく、一貫している。(2800円+税、株式会社トランスビュー、TEL 03・3664・7334)(朴日粉記者)

[朝鮮新報 2008.9.19]