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〈朝鮮史から民族を考える 28〉 歴史教科書問題

統一時代、共通の歴史認識を

東アジア共通の歴史教材

歴史教材「未来をひらく歴史」(日本語版)

 現在、日・「韓」、あるいは日・「韓」・中のいくつかの民間グループでは、日本の歴史教科書記述の誤りを正していくとともに、自国史中心的な歴史観を脱し東アジア共通の歴史認識を探ろうとする問題意識で共同研究に取り組んでいる。これまでその成果として「未来をひらく歴史−東アジア3国の近現代史」(高文研、05年)などいくつかの教材が刊行された。こうした背景には、ドイツ・ポーランド教科書対話、ドイツ・フランス教科書対話の経験に学びつつ、アジア諸国の民間グループが対話を重ねてきた結果、日本とアジアとの歴史認識の溝が「もはや国家間の問題という枠組みを大きく越えて、アジア民衆の間の問題になっている」(石山久男・歴史教育者協議会会長)ことがある。つまり、歴史教育の主体が国家レベルから民衆レベルに降りてきているということであり、それはある意味で、民衆一人ひとりの歴史認識がこれまで以上に問われる時代が到来しつつあることを意味している。

 しかし、東アジア共通の歴史認識を獲得するということはそれほど容易なことではない。上記の教材も試行錯誤を重ね、やっと入り口に立ったといえる段階であろう。それでは東アジア共通の歴史認識を深めていくためにはどのような方法論的問題が提起されるのだろうか。そのひとつとして最近指摘されていることは、「東アジア」世界論を参照しつつ、「東アジア」を地域的な領域としてではなく、自らの歴史認識を検証する場としての概念と考えることによって、互いの歴史認識の共有化が可能ではないかということである。つまり、われわれが最大公約数として共有している文化(文語文は漢字、中国的な人名地名の定着、家族制度も中国的な宗族制度など)がどのように共有されるに至り、それを基盤にしながら独自の世界がそれぞれ誕生していったかという、共通性と特殊性がなんとか描けないものかということである。ここで留意すべきは、東アジア各地域における特殊性が、近世以降に、東アジア共通の基盤のなかから形作られていったという点である。

朝鮮分断問題と海外同胞の視点

朝鮮学校中級部3年用「朝鮮歴史」教科書

 次に、東アジア共通の歴史認識を探るためには、南北朝鮮共通の歴史認識を獲得することが先決の問題となろう。正直にいって、現在の共同研究においては朝鮮半島の分断問題をどう考えていくのかという点は必ずしも明らかではないのである。現在、朝鮮南北間の歴史教科書の記述には著しい相違があり、いまだ朝鮮人にとって異論のない朝鮮史像(とくに近現代史像)というものは存在しないのである。植民地主義および冷戦・分断イデオロギーを克服し、南北共通の歴史認識を獲得することは、南北の和解・統一の基礎となる作業であると同時に、東アジア共通の歴史認識を獲得するための先決作業であるといえる。

 また、南北朝鮮および東アジア共通の歴史認識を探るためには、本国民の歴史認識にとどまらず、海外に居住する人々の歴史意識を検討することが不可欠であると思う。

 東北アジアには朝鮮半島出身者が全域に居住している。そうなった理由の最大のものは、日本の朝鮮支配であった。人々は朝鮮を除くどの地域においても、少数者としての苦難の歴史を歩んできた。そのなかでも在日朝鮮人は、祖国が植民地支配から独立した後も、日本という旧宗主国に取り残され、祖国の分断と日本社会の民族差別によって、未だに二重三重にも引き裂かれた状態にある。在日朝鮮人にとって、植民地支配は終わっていない。

 じつは、在日朝鮮人を含む海外同胞の運命は祖国の運命と密接に関わっている。彼(彼女)らは、国籍、言語などで区別することができない存在である。多文化的要素をもつ海外同胞が参与する民族統一は、おそらく従来の国民国家では図れない形と内容をともなうものになるであろう。

 彼(彼女)らの祖国に対するまなざし、自国史に対する視点は、自国史だけにとどまらず、東アジア共通の歴史認識を深めていくにあたって、特別な役割を担うことができよう。

朝鮮学校の歴史教科書

 在日朝鮮学校における朝鮮史教科書の変遷過程については、大きく三つの時期に分けることができる。

 第一期は、解放直後から1955年の朝鮮総連結成以前までである。この時期の朝鮮史教科書は、朝聯や民戦のなかに置かれた教材編纂委員会が独自に編さんしたものである。

 第二期は、朝鮮総連の結成から92年に至る期間である。この時期の各教科の教科書は、祖国から送ってきた教科書や資料に依拠して編さんされた。朝鮮史教科書は56年に編さんした後、65年、76年、85年の3度にわたって改訂されている。

 第三期は、93年度第4次改訂、03年度第5次改訂を経て現在に至る時期である。この時期は、同胞の要望や日本社会の実情、「6.15共同宣言」が切り拓いた祖国統一の新たな環境に合うように教科書を編さんしていった。とくに冷戦・分断イデオロギーの影響が強い現代史を大幅に改訂し、多様な側面を客観的に記述した。

 日本ではあまり知られていないが、朝鮮半島本国でも歴史の見直しが始まっている。すでに南では70年代末から従来の反共主義的歴史観の克服を目指した近現代史の見直しが進められた。こうして03学年度の高校2、3年生では、はじめて国定ではない4種の「韓国近現代史」の検定教科書が編さんされ、それまでタブーであった社会主義運動や北についても客観的に記述されるようになった。

 そして、北でも歴史見直しが進められた。その大きな転機となったのが、金日成主席の回顧録「世紀とともに」の刊行であった。回顧録では従来触れられることがなかった近現代史の多くの事実が紹介され、妥当な評価がなされている。

 在日朝鮮人は南北の間、朝鮮半島と日本の間にまたがる存在として、祖国の統一と朝・日の和解、それを基礎とした東アジアの平和に寄与できる可能性を秘めている。在日同胞は植民地支配と祖国分断の最大の被害者であった。しかし、21世紀を迎え、その子どもたちの前には今、大きな可能性が開かれようとしている。その可能性を少しでも伸ばしていくのが朝鮮学校の役割なのである。そのためには分断イデオロギーが刻印された従来の歴史教科書を見直し、南北および海外同胞共通の歴史認識を確立することが必要不可欠なのである。(康成銀、朝鮮大学校教授)

[朝鮮新報 2008.11.10]