〈人物で見る朝鮮科学史−72〉 実学の時代B |
洪大容の「宇宙論」
朝鮮史でもっとも優れた科学者はいったい誰だろうか? 筆者は「籠水閣」という私設天文台を作り、実用応用問題を中心とした数学書「籌解需用」を著し、そして「気」の哲学によって宇宙と様々な自然現象の解明を試みた18世紀の実学者湛軒・洪大容を挙げる。宇宙論こそ自然科学におけるもっとも壮大なドラマと思うからである。 洪大容が宇宙論を展開したのは実翁・虚子という二人の人物による対話形式の「毉山問答」という著作である。儒学者として型どおりの学問を修めた虚子に対し、実翁が「権力に惑わされれば国を危機に落とし、学術に惑わされれば世を汚し、女食に惑わされれば家を滅ぼす」と戒め、改めて「大道の要」は何かという虚子の質問に答える。この大道とは宇宙全体と人間の進むべき道と解釈できるが、そこで実翁はその本源は宇宙にあるとして、その生成と構造について語るのである。 朝鮮前期までの伝統的宇宙論は、円い天が四角い地と対峙する蓋天説、あるいは鶏卵のように殻が天で中に地面が浮かんでいるとする渾天説であった。その本質は、地球を面とする天動説であるが、そこから脱皮するためには、まず地球説を確立し同時に引力の存在を認めなければならない。
まず、洪大容は初めも終わりもない無限の宇宙空間に「気」が充満し、それが凝集して地球をはじめとする丸い天体が造られ、それらが回転しながら空間に浮かんでいるとする。その回転によって球形の地球上でも万物が定着できる「上下の勢」(引力)が生じる。 しかし、宇宙空間にはもともと上下前後左右はなく一様無限である。ゆえに、地球は宇宙の中心とはなりえず、一つ一つの星もすべて同等な世界であり、銀河はそれら星が集まり大きな環をなしたもので、宇宙にはそのような銀河が無数に存在すると主張する。さらに、洪大容は天動説も地転説も運動の相対性から観測においては同等であるが、すべての天体を動かす天動説よりも地球一つの自転を考えることのほうがより合理的であるとする。 同じ頃、ドイツの哲学者カントが有名な「星雲説」を提唱しているが、洪大容の宇宙論と次のような類似性がある。それは根本素材による生成論であり、宇宙の階層的構造への理解であり、さらに両者とも宇宙人の存在を考えていたことである。カントは木星を形成する物質が太陽系では中間の重さにあり弾力性があるので木星人がもっとも理知的であるとし、洪大容も地球は土と木の気で作られたので地球人は粗野であるとする。今日からみれば、ばかげた話と思えるが、それが18世紀の限界だったのである。 「毉山問答」を含む著作集「堪軒書」は1939年に出版されたが、校正を行ったのは小説「林巨正」の著者で、後に共和国初代内閣で副首相を務める洪命憙であった。(任正爀・朝鮮大学校理工学部教授) [朝鮮新報 2008.12.5] |