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イルム

 勤務先で生徒たちからは「りぃ」先生と呼ばれる。「李」という朝鮮の名前には馴染みがなく、正確には発音してもらえないのかと残念に思うこともあるが、生徒が書く手紙などには「りぃせんせぇ、ありがとぉぉ」などと書いてある。最近の高校生は語尾をのばして発音し、そのまま表記してしまうにすぎないようだ。

 私が「李千波」という名前を使って生活し始めたのは大学院に進学してからのことだ。本名で生活することを選ぶには何年も時間がかかった。それ以前にも本名を使うことはあったが、周囲の様子をみて名前を使い分けていた。差別が予想される場では日本名を、安全だと判断して初めて「李千波」という名前を使った。

 そうした日和見的で機会主義的な自分の態度によって、私は「李千波」という名前こそが自分自身の名前だと言い切れなくなっていった。

 また、日本で生まれて日本語で育ち、日本名で生活していた私には、自分が「朝鮮人」であるというアイデンティティーを持つことに非常に苦心した。

 偶然の出来事から「李千波」という名前がしっくりくるようになった。

 ある時知り合った同世代の「在日」の女性から、とても気持ちのよい笑顔で「ちょんぱちゃん!」と呼ばれた。その時、なぜかそれが自分の名前だと強く思えた。

 なぜだろう。今でも時々考える。ただいえることは、その時以来、私は「いちょんぱ」になった。(李千波、私立高校非常勤講師)

[朝鮮新報 2008.8.8]