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3.1人民蜂起90周年 大阪で講演会と映画上映会

「朝鮮」語り表現する場を多く

 3.1集会「よみがえる朝鮮〜引き裂かれるものたちの闘い〜」が1日、大阪市の飛鳥人権文化センターで行われた。3.1人民蜂起90周年に際し、侵略戦争と植民地支配を克服するためにこれを深く理解し、現在の朝鮮人差別・排外主義、軍事主義の現実とたたかう思想、文化、運動論をつくりだしていこうと同実行委員会が主催した集会では、講演会と映画「アリラン」の上映会が行われた。

 講演会では、千葉大学、都留文科大学非常勤講師の愼蒼宇氏と一橋大学大学院生の鄭栄桓氏がそれぞれ講演した。

「抗日の政治文化」

 「朝鮮民衆運動の歴史−抗日の政治文化」と題して講演した愼蒼宇氏は、朝鮮民衆運動を規定する特質を「抗日の政治文化」という観点からとらえ、その4つのキー概念として「民乱」「義兵」「義賊」「易姓革命」をあげた。

 「民乱」「義兵」が含まれる初期抗日の政治文化は、1880年代からの対日米穀輸出の急増による米穀不足と高騰により、「斥倭」の表れとしての「民乱」が激増し日本商人やこれと結託した新興商人の横暴、日本の甲午農民軍に対する武力弾圧や内政干渉などに端を発して「義兵」が登場したと指摘した。

 また、「義賊」「易姓革命」が含まれる植民地化における抗日の政治文化について、たたかう手段を奪われた民衆の不満は残り、「正義の代執行」への期待が高まる中、林巨正や張吉山、洪吉童など義賊を待望する心性が広がる一方、1780年代に朝鮮全国で流行した終末思想である「鄭鑑録」など、悪政の続く「現世」への幻滅から別の理想世界を待望する「易姓革命」も広がり、解放願望の爆発として3.1人民蜂起へとつながったと強調した。

責任追及を封殺

 「朝・日国交『正常化』と植民地支配責任」と題して講演した鄭栄桓氏は、「国交正常化」があたかも日本の朝鮮に対する「施恵」であるかのような論調が蔓延しているが、本来は朝鮮民族が「対日講和」を許容するかどうかという問題だと指摘。東京裁判における朝鮮民族の排除と植民地支配の不問、朝鮮分断、戦犯パージの停止と在日朝鮮人パージの推進、講和会議からの朝鮮民族の排除により、朝鮮の脱植民地化が果たされなかったばかりか、日本の植民地支配責任に対する回避とこれを求める勢力に対する積極的な弾圧による責任追及を封殺したと述べた。

 また、南朝鮮と日本の諸協定と「日韓共同宣言−21世紀に向けた新たなパートナーシップ(98年10月8日)」は妥協と追認の連続であり、日本の植民地支配の責任をあいまいなものにしたと指摘。朝・日交渉と「朝・日平壌宣言」の過程、日本における対抗的言説の問題点などに触れながら、日本の敗戦後、少なくとも1951年までには朝聯など、日本の植民地支配の責任を要求する者に対する排除、弾圧が完了し、これに日本国家が積極的に関わり、南朝鮮政府の成り立ち自体がこうした在日朝鮮人弾圧と密接に関連、南朝鮮政府も積極的に関与したと強調した。

 一方、集会で上映された「アリラン」は、1926年、羅雲奎が3.1人民蜂起の挫折で虚脱状態にあった時代の雰囲気を描いた無声映画「アリラン」を、兪賢穆監督が1968年に原作精神に忠実に製作したリメイク版で、参加者たちに多くの感銘を与えた。(李松鶴記者)

[朝鮮新報 2009.3.9]