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朝鮮に対する経済制裁名目で行われている、人道物資および表現物の送付制限の不当性

1.はじめに

 日本政府は、6月16日に「外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」)に基づく北朝鮮に係る対応措置について」を閣議決定し、これを受けて輸出貿易管理令などを改正した。一言でいえば、今回の日本政府の経済制裁は「北朝鮮に向けたすべての品目の輸出を禁止する」(首相官邸ホームページ)ものである。一方、今回の全面禁輸について「人道目的等に該当するものについては、措置の例外として取り扱うものとする」(経済産業省「外国為替及び外国貿易法に基づく北朝鮮への輸出禁止措置等の実施について」)としている。

 しかしながら、周知の通り在日同胞から朝鮮に居住する親族への「人道物資」が郵便局あるいは税関において送付を拒否される事例が頻発している。そして拒否、あるいは認められるとしてもその基準は明確ではない。

 また、書芸作品や雑誌、新聞などの表現物についても送付が拒否されている。

2.問題点

 @「人道物資」および表現物の送付制限は、その基準があいまいであり、明確性の基準に違反しており、広範な裁量権を税関に与えるものとして裁量権の濫用にあたる。

 精神的自由を規制する立法は明確でなければならないというのが、明確性の原則である。また、法律による行政の原理からも、行政の逸脱を防ぐためにその法律が明確でなければならないとされる。

 このような原則からみた場合、単に「人道物資は例外とする」という内容はあいまいであり、明確性の原則および法律による行政の原理からも無効であると言わざるをえない。

 また、立法府が設定した基準があいまいな上で、人道物資であるか否かを執行する行政(ここでは税関)が自由に設定できるとなると、広範な裁量権を与えるものであり、裁量権を逸脱することをも許容することとなるという意味においては、問題であると言わざるをえない。

 付言するならば、送付を拒否された中にはサッカーシューズ2足も含まれていたという事例もあったというが、仮にこれらが「人道物資」でなければ何をもって「人道物資」とするのかを明確にすべきである。

 A表現物に対する規制は、憲法および国際人権規約に規定する表現の自由を規制するものであり、違法である。

 日本国憲法は、政治に参加するための不可欠な権利として、またとくに1945年以前の日本において表現の自由が奪われ、弾圧された教訓から表現の自由を保障している。

 一方国際法では、国際人権規約自由権規約が表現の自由を規定している。具体的には、19条1項で「すべての者は、干渉されることなく意見を持つ権利を有する」として表現の自由を原則的に保障するとしている。そして、「すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む」(2項)。

 一方、3項ではこの権利についての一定の制限が認められるという例外が規定されているが、安易に表現の自由が制限されることには否定的であり慎重でなければならないとされる。

 ある個人および団体が朝鮮に自己の表現物を送付する行為は、表現の自由にかかわる行為であり、これに対する過剰ともいえる規制は表現の自由を侵害するものとして認めることはできない。

 B朝鮮に送る郵便物を郵便局が拒否することは郵便法に違反する。

 一連の送付が拒否された事例においては、税関のみならず、郵便局の窓口において拒否された事例がある。郵便法においては薬品、爆発物といった郵便禁制品などの一部の例外を除いて、「郵便の業務に従事する者が殊更に郵便の取扱いをせず、又はこれを遅延させたときは、これを1年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」(79条)としている。送付の拒否はこの「郵便物の取扱いをしない等の罪」に該当するものであり、違法である。

 C朝鮮に対する日本独自の制裁は、朝・日平壌宣言に明らかに反するものである。

 2002年の朝・日平壌宣言では、「…日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認」している。

 また第2項において、「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明し」、第3項において「双方は、国際法を遵守し、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認した。また、日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認」している。

 また第4項において、「双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していくことを確認した。

 双方は、この地域の関係各国の間に、相互の信頼に基づく協力関係が構築されることの重要性を確認するとともに、この地域の関係国間の関係が正常化されるにつれ、地域の信頼醸成を図るための枠組みを整備していくことが重要であるとの認識を一にした」としている。

 周知の通り、国際法上経済制裁は軍事制裁の全段階と位置づけられ、およそ関係の正常化とは真逆の手段として位置づけられている。日本政府は「政府としては、日朝平壌宣言にのっとり、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化を早期に実現するとの基本方針に変わりはない」(6月16日「我が国の対北朝鮮措置について(内閣官房長官発表)」)としているが、一連の経済制裁は明らかに平壌宣言の精神および第3項および第4項に違反するものと言わざるを得ない。

3.終わりに−在日朝鮮人に対する「人質政策」の完成とその不当性

 今回の経済制裁により、2006年の「万景峰92号」の入港禁止措置に端を発する、「ヒト・モノ・カネ」の朝鮮への流れを止める制裁は完成段階に入ったと言える。

 しかし、例えば貿易統計をみると対日貿易がゼロになる代わりに、他国への貿易が活発となり対日貿易による減少分が「補完」されており、日本の経済制裁は奏功しているとはおよそ言い難い。朝鮮は米国、日本などごく一部を除くほとんどすべての国と外交関係を樹立しているという事情は看過されるべきでないだろう。

 それでは、一連の「制裁」が意味するものは何であろうか。ここで想起されなければならないのは、官房副長官の地位まで登りつめた漆間の発言であろう。「拉致被害者の帰国に向け、北朝鮮に日本と交渉する気にさせるのが警察庁の仕事。そのためには北朝鮮の資金源について、『ここまでやられるのか』と相手が思うように事件化して、実態を明らかにするのが有効だ。北朝鮮が困る事件の捜査、摘発に全力をあげる」(警察庁長官当時 2007年1月18日記者会見)。このスタンスは、現在の一連の「制裁」についても変わらない。一連の「制裁」とは朝鮮に対するいわば「経済制裁」ではなく、総連と在日朝鮮人を「人質」として、苦しめることにより朝鮮に対して間接的な圧力をかけることが主たる目的だということである。

 つまり、政府のいう「経済制裁」は外皮に過ぎず、その本質は「在日朝鮮人人質政策」である。また、運動を展開するにおいては政府の用いる用語は欺瞞に過ぎず、今後「在日朝鮮人人質政策」という用語を利用し運動を展開することが求められるであろう。

 それではこのような、「在日朝鮮人人質政策」という用語を用いることにより明らかにされることは何か。

 第一に、在日朝鮮人の人権に関しては、日本が国際人権規約や人種差別撤廃条約等に加盟しており、また憲法上外国人にも基本的人権が保障されるとされる以上、保障されてしかるべきであるといえる。それにも関わらず、情勢の変化により人権の「普遍性」が揺らぐような状況は、在日朝鮮人のみならずすべての外国人および日本国民に対する基本的人権の保障が非常に脆弱であり、ともすれば容易に制限されうることを如実に表している。

 第二に、在日朝鮮人が、日本の植民地支配によって日本に居住することになったという事情からの問題である。すなわち、在日朝鮮人に対する植民地支配の歴史は現在に至ってもなお「解決」されておらず、「継続」しているということである。例えば、在日朝鮮人が朝鮮に居住する親族へ「人道物資」を送るという行為は、日本の植民地支配により離散した状況により生じた問題であるといえる。そして今回このような植民地支配の「継続」した状況に関して、日本政府が「人道支援」までも不当に干渉する事態は、朝・日間の懸案を問題を解決させるものとしてではなく、むしろ複雑化させるものであるということを忘れてはならない。

 日本政府は依然として「政府としては、日朝平壌宣言にのっとり、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化を早期に実現するとの基本方針に変わりはない」(「我が国の対北朝鮮措置について(内閣官房長官発表)」2009年6月16日)としているが、経済制裁とこの「基本方針」が明らかに矛盾するということは、誰の目からも明らかであるといえる。また上記の通り、朝日ピョンヤン宣言に明らかに違反した行為に対し、法的のみならず政治的、道徳的責任を日本政府はいずれ負うことになるだろう。日本政府は、朝・日関係が修復不可能な段階に至らしめた責任を負わなければならない。そしてその贖罪のためにはまず、「在日朝鮮人人質政策」を悔い改め、過去の植民地支配に対する真摯な対応を行うことが求められる。(李泰一、朝鮮大学校政治経済学部助教)

[朝鮮新報 2009.8.11]