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〈みんなの健康Q&A〉 介護とうつ−2つのケース

家族の介護が必要になったら、初めてのことに戸惑うことも

 私たちの住む日本は、少子高齢化の時代をむかえています。そして近頃では、新聞・ニュースに年金・社会保障問題が話題にならない日はありません。そこで今回は、身近な高齢化問題として「もし自分の家族に介護が必要になったら…」を具体的なケースを挙げて説明してみようと思います。

 まず1例目は、大学病院の看護助手をしていたAさんです。Aさんは35歳の独身女性で、兄妹はなく、65歳の父親と63歳の母親の3人家族です。

 ある日、酒に酔った父親が、帰宅途中に道路工事の穴に転落してしまい、脳挫傷を受傷しました。幸いにも一命を取り留めましたが、左半身麻痺で寝たきり状態となり、脳挫傷により軽度の認知症になりました。それから心臓に持病をもつ母親と娘のAさんの、父親介護の毎日が始まりました。

 日中にAさんが働いている時間帯は、主に母親が父親の介護をし、同時に区から派遣されるヘルパーを利用していました。Aさんが帰宅後は、夜中のトイレ等はAさんが対応していました。しかしこの夏頃から、Aさんは疲れて布団に入っても、なかなか眠れない日が続き、眠れたとしても父親の呼ぶ声で何度も起こされ、慢性的な睡眠不足となりました。

 病院で介護の仕事をしているAさんは、初めて身内の介護を経験しました。日が経つにつれて疲労とフラストレーションが溜まり続けましたが、職場や知人に愚痴も言わず、ずっと自分を押さえ込みながら、父親の介護を続けていました。しかしその状態が数カ月続いたある日、出勤しようとすると激しく動悸がして動くことができなくなり、内科を受診しましたが異常が見あたらず、当院を受診しました。

 しかし、当初は家庭の事情を話さず、不眠と動悸のみの相談をされていたので、主治医は少量の睡眠導入剤と安定剤を処方していました。睡眠の問題は早々に解決しましたが、イライラ・倦怠などの症状はなかなか改善しません。しばらく通院した後、突然父親の担当のケアマネージャーから電話連絡がありました。内容は、ある日、夜中に父親が大声を出しAさんを呼びつけたため、Aさんが興奮し、泣き出してしまったそうです。

 その時の話をAさんに聞くと「なぜ自分だけがこうなるのか? 無性に今の自分の置かれている立場に怒りがこみ上げてきて、自分でコントロールができなくなった」と説明してくれました。話をしているうちに父親に対し、言葉遣いの荒い自分に気づき、「このままでは父親に暴力を振るってしまうのではないか?」と不安に感じてしまったそうです。

 2例目は定年退職した御主人と暮らすBさん68歳です。Bさん夫婦には子どもはなく、71歳の夫との二人暮らしです。Bさんは主婦をしながら、中小企業の経理事務を30年近くしていたがんばり屋タイプの女性です。

 数年前に夫の定年退職を機に、夫婦で老後を楽しむために、御自身も退職されました。Bさんの夫は、大手企業に60歳まで勤務され、その後定年退職し、現在は貯めた貯蓄と年金で生活しています。以前から夫はそそっかしい性格で、忘れ物などが多い人でした。しかし、去年の夏頃から物忘れがさらに激しくなり、夫婦でメンタルクリニックに相談に来ました。

 検査の結果、軽度のアルツハイマー型認知症と判明し、投薬治療を開始しました。Bさんの夫にはアルツハイマー型認知症に有効なドネペジル(商品名―アリセプト)を治療早期から服用してもらいました。その後は夫の物忘れなどの症状は次第に落ち着き、現在も定期的に通院されています。

 しかし、通院当初は元気だった奥さんも、夫の付き添いで何回かクリニックに通ううちに、次第に表情から疲労の色が伺えるようになりました。ある日奥さんに「最近眠れていますか?」と質問したところ、夫の言動・行動の異常が目立ってきた辺りから入眠困難・中途覚醒・倦怠感・無気力感などがあったようです。幸いBさんの症状は比較的軽度であったため、少量の安定剤・睡眠導入剤を併用し、早期に症状は改善しました。

 Aさんのケースでは、父親のケアマネージャーからの報告から、ケアマネージャー・父親の内科主治医・区の保健婦・Aさんの主治医である私の4人で相談し、Aさんにはしばらく休養が必要と判断し、仕事を休んで貰い、緊急避難的に父親を掛かり付けの内科病院に2週間ほど検査入院して貰いました。その間にそれぞれの主治医と行政が相談し、区のヘルパーの訪問頻度を増やし、父親には夜間リハビリパンツを着用させて、少量の睡眠薬を服用させたところ、父親の夜間の覚醒頻度が激減しました。Aさんも徐々に介護生活リズムを取り戻し、その後しばらくして、仕事にも復帰する事ができました。

 Bさんの場合には、夫の受診時に偶然に発見されたため、症状は軽度で、薬物治療にとても良く反応し、大事には至りませんでした。

 この2つの例は決して珍しいケースではなく、私のクリニックに介護に関する相談に来る家族の多くが、何らかの精神的ストレス・治療の必要性を認める事が少なくありません。介護に関わる家族のほとんどの方は、初めて経験する介護が思い通りにならない事が多く、肉体的な負担はもちろん、戸惑いや精神的な辛さで燃え尽きたり、または燃え尽きかけたりしている人が多いのではないでしょうか?

 ですが、誰も好んで燃え尽きたい訳ではないと思います。真面目な人ほど、真正面から介護に取り組んでしまい、燃え尽きてしまう人が多いのでしょう。ほんの少し、燃え尽きないための考え方を知るだけで、悪循環を生むだけだった介護も変わるはずです。次回は具体的な介護の心構えなどを説明しましょう。

(駒沢メンタルクリニック 李一奉院長、東京都世田谷区駒沢2−6−16、TEL 03・3414・8198、http://komazawa246.com/)

[朝鮮新報 2009.1.14]