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若きアーティストたち(64)

国立音楽大学 大学院生 全詠玉さん

 「歌は生活の一部」という。幼い頃から祖父が奏でるチャンゴやエレクトーンに合わせ、人前で歌を披露するのが好きだった。

 初、中級部では学校に声楽部がなかったため、姉に倣い舞踊部に所属したが、高級部からは念願の声楽部に入部。高2の秋からは部活後に歌やピアノ、音楽の理論などを習いに通った。めきめきと頭角を現し、高3では部の主将を務めた。

 卒業後、歌を続けたい一心と、「歌を続けるなら、クラシック音楽の基礎を作ることが大事」だというオモニの言葉に後押しされ、国立音楽大学に進学。

 歌の基礎や専門知識のみならず、日舞やバレエ、舞台表現なども学んだ。

 クラシック音楽は大きく歌劇と歌曲に分けられる。全さんは、ソプラノの中でも高いソプラノを得意とする。「自身の声を活かすため」、また歌手と女優が演じられ、華やかな衣装を身にまとうオペラに惹かれて、その道を選んだ。

 順調に大学生活を送りながら、技術も磨いていったが、一度だけ挫折しそうになったことがあるという。

 大学4年生の時に行われた学内コンサートのオーディション最終選考を1週間前に控え、風邪をひいてしまったのだ。1週間まともに声を出すことができなかったが、どうにか舞台に立った。1、2曲目は順調に演奏、そのまま3曲目も気持ちよく歌いだした。しかし、その途中、何小節の間声が途切れてしまった。

 「頭の中が真っ白になった。一瞬、耳が聞こえなくなった感覚だった」

「第19回友愛ドイツ歌曲(リート) コンクール」で独唱を披露、第2位と日本R.シュトラウス協会賞に輝いた

 それから、舞台に立つことが怖くなり、何カ月も悩んだ。「人前で発表してこその芸術なのに、それが怖いなら辞めた方がいいのかもしれない」という思いにも駆られた。

 けれども、「やっぱり、歌が好きだし、今の私から歌を取ったら何も残らない。今までは、少し背伸びしていたけど、今の自分にできることを精一杯がんばろう」と心を入れ替え、再び歌と向き合ってきた。

 昨年4月からは、同大の大学院に進み、現在は修士課程にいる。週1回、大学院の教授の家に通い個人レッスンも受けている。

 毎日、家での練習も欠かさない。昔に比べると、声帯の筋肉も鍛えられ、長時間声を出せるようになったが、「声帯はデリケートだから、傷めないよう要領よく練習しなければならない」と言う。

 「心身ともに健康であれば、それが喉の調子にも響いてくる」から、メンタル面でも余裕を持ち、自然体でいることを心がけている。

 オペラの魅力は「生の人間が、生の人間の前で、生の音(マイクなし)で演奏できる」こと。その分、緊張感は高まる。不安気に舞台に立つと、観客を引きつけられていないのがわかる。逆に自信を持って立つと、観客との一体感を感じられるという。

 「気持ちと技術のバランスが大切」−発声は歌ううえでのツール。きちんとした発声ができなければ、いくら気持ちがあっても聞き手には届かない。かえってその技術だけが高くても、感情が伴わなければ、つまらないものになってしまうからだ。

 「まだまだ成長途上」と、自身を素直に見つめるが、今後はプロになり、クラシックの本場であるヨーロッパにも羽を広げてみたいと思っている。

 また、「在日朝鮮人であることを常に心に留め活動していきたい。今はまだ模索中だけど、在日だからこそ、発信できるものがあると思う。基礎をきちんと身につけられたら、朝鮮の歌にもチャレンジしたい」と夢を語る。

 10月17〜18日、同大の大学院オペラ2009モーツァルト歌劇「ドン・ジョヴァンニ」でソリストとしてオペラデビューを果たす。(姜裕香記者)

※1985年生まれ。西東京朝鮮第1初中級学校、東京朝鮮中高級学校、08年国立音楽大学声楽科卒業。現在、同大大学院音楽研究科声楽専攻オペラコース在籍。07年同大「平成19年度卒業演奏会」、同大「東京同調会(同窓会)新人演奏会」に出演、平成20年度文部科学大臣奨励賞「第19回友愛ドイツ歌曲(リート)コンクール」で第2位、日本R.シュトラウス協会賞受賞。

[朝鮮新報 2009.4.20]