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〈本の紹介〉 黄金の枝を求めて

強靭な反ファシズムの精神

 (前略)この戦争は、/戦争を終結させる権力を所有している者によって、故意に引き延ばされている。(中略)この戦争に自分が志願従軍したのは、/自衛戦争および解放戦争と信じたからだ。/だがこの戦争は、いまや侵略戦争もしくは征服戦争と化した。

 本書の冒頭に掲げられた全文17行のこの詩は第一次大戦のさなかに、一兵士として西部戦線で戦いながらも「兵士の宣言」を発表して反戦の姿勢を示したイギリスの詩人・作家S・サスーンによって書かれた。

 気鋭の英文学者である著者はこの詩において本書のモチーフを象徴的に示している。

 おもに第一次大戦の戦跡地と無名戦士の墓地を訪ねた、戦禍のスティグマをたどる、全3部6章からなる300余ページの内容をすべて論ずるのは不可能であるので、筆者がとくに衝撃的な感銘をうけた第2部第2章の「烏のいる風景−リルケ、オーウェン、ベイトソン」を読んでみる。

 この章では20世紀を代表する三人の詩人リルケ、ヴァレリー、エリオットの詩的エフォートを明らかにし、リルケの墓碑銘の詩的解釈を深め、そこから一気に、一日に6万人もの若者の命を奪ったフランドル戦線に迫って、マクレーの反戦詩「フランドルの野」を、広野に咲き乱れるけしの花畑で際立たせて鎮魂の思いを表する。歴史学者ベイトソンの講演を援用してナチス台頭の必然を示唆し、列強の帝国主義的強欲、非人道性を詰責するに至る。

 さらに、著者の雄勁な文学精神は、オーウェンの反戦詩を適切に引用して、第一次大戦で「家畜のように死んだ」若者たちを慰霊し、15年戦争で陣没した日本の若者(その中には朝鮮人もいた)たちの痛恨の死を国家によって殺された「犬死」であったことを炙り出す。

 リルケが「若死・夭折」を生涯の主題としたことを端緒として、若者が「犬死」を強いられた残酷から帝国主義を断罪し、安倍元首相の愚書「美しい国へ」を俎上にのせて日本の右傾化の現実に鋭利に切り込む、著者の強靱で透徹した反ファシズム・反戦平和の精神は、この章のみならず、本書の全編に、清冽な地下水のごとく浸透している。今日、稀にみる「反戦の芸術と文学」の証言であり傑出の文芸評論である本書が、多くの読者を得ることを望むゆえんである。(立野正裕著、スペース伽耶、TEL 03・5802・3805、3500円+税)(辛英尚 文芸評論家)

[朝鮮新報 2009.6.19]