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〈みんなの健康Q&A〉 潔癖症(下)−症状と治療法

 【症例Bさん(男性)の場合】

 Bさんは公立小学校で知的障害のある児童の補助教員をしていた。真面目で熱心なBさんは、補助教員として同僚からも信頼が厚く、生徒からも慕われていた。

 ある日、男子児童が体調不良だったのだろう、教室でお漏らしをしてしまった。急いでBさんは児童をシャワー室に連れて行き、身体を洗い流してあげた。慌てたのだろうかシャワーの温度が少し熱かったようで、驚いた児童が「熱い!」と大声を挙げ、パニックになってしまったという。その時はなんとかBさんは対応したが、自宅に帰っても不安でしかたない。

 その後、特に火傷を負った痕もなく、当日に保護者に状況を説明し、万が一痛がるようなら病院を受診させるように説明したそうだ。その日の晩は「児童に火傷をさせたのではないか?」と考え、Bさんはほとんど眠れなかったという。

 ここまでの経過ではBさんの反応・行動は異常とは言えない。しかし、Bさんはその1年後に契約満了となり、退職した。退職後も「あの児童に火傷をさせたのではないか?」と考え続け、何度も学校に確認の電話をしていたそうだ。

 Bさんの場合も、強迫性障害(OCD)と診断し、少量の抗不安薬+SSRIであるフルボキサミンを処方した。

 Aさんほどの改善はみられなかったものの、元勤めた学校への電話確認はしなくなり、現在は税理士を目指して、猛勉強の最中だ。定期的な診察では「あのとき火傷をさせたのではないか?…」と、今でも主治医に不安を打ち明けるが、それ以上の行動はせずにいる。

 強迫性障害の原因は現在のところ、残念ながらハッキリとは解明されていない。最近の脳研究で強迫性障害の患者さんの大脳を特殊な検査(PET・MRI)をしたところ、強迫性障害には大脳の特定の部位の糖代謝が異常に高まったり(エネルギーの消費の増加)、血流量が増えることから、強迫性障害は神経回路の機能障害から起こる症候群なのではないかと考えられている。

 強迫性障害の遺伝はないと考えられており、ストレスそのものが原因で強迫性障害が発症する、とは考えられてはいない。しかし、Aさんのように軽度の強迫性障害の患者さんに過度なストレスがかかると、一時的であれ症状を悪化させる原因になることはあるようだ。

 几帳面な人が日常生活で、自分の行為にミスがないか、と慎重に何回も確認することは決しておかしなことではない。むしろ、ここ一番という大切な場面では、時間や場所を間違えないように時計や地図を何度も確認したりするものだろう。

 まじめに、慎重に、仕事や物事に取り組む姿勢は決して間違ったことではない。その慎重さのバランスが保たれていれば、その人の能力が十分に発揮され、仕事にもプラスに働くものである。しかし、こだわりが強すぎて本来の仕事や生活、人間関係などにマイナスの影響を与えてしまっているような場合には、強迫性障害や他の精神疾患などを疑う必要がある。

 強迫性障害の治療において重要なことは、この病気について正しく理解することから始まる。

 適切な治療を早期に開始すれば症例A・Bさんのようによくなることが多いのだ。

 強迫性障害の治療には「薬物療法」と「認知行動療法」の2つが中心として行われる。多くの場合、その両方が併用される。どちらの治療も専門医の指導のもと、長期間かけて行なう。

 現在、こうした治療で7〜8割の方が、日常生活を送るのに支障のないレベルまで治っている。SSRIは抗うつ薬のひとつで、セロトニン系の神経だけに選択的に働き、神経細胞から放出されたセロトニンが、再び元の神経細胞に取り込まれるのを妨げる作用がある。そのため、次の神経細胞に伝達されるセロトニンの量が増え、神経の働きがよくなる。その結果、強迫観念と強迫行為の両方を軽減させる効果があるのだ。

 SSRIの服用を始めると、早い人では2〜3週間で症状が軽減するなどの反応が出てくる。中には、2カ月ぐらい続けた後に効果が現れることもあるため、その途中で自己判断し「この薬は効かない」とやめないでもらいたい。比較的多い吐き気・下痢などの副作用を認めた場合にも、すぐに医師に相談して対策方法を聞くようにしよう。

 医師と綿密に打ち合わせをして予想される症状を把握するのも不安軽減には有効だ。強迫性障害の患者さんはうつ病やパニック障害等、他の精神疾患を合併することが多いと言われている。中でもうつ病を併発するケースは多く、約30%の患者さんにうつ状態が認められることが報告されている。治療を始めてもすぐに症状が改善されないことや、副作用を心配して自己判断で薬を飲むことをやめる患者さんがいることも、その原因の1つと言える。

 最後に、このように紙面で説明をすると「私も病気?」と不安にさせてしまう「副作用」もあるが、ここで「通院・治療の必要があるかないか」については、これはもう、一番大切なのは各人のとらえ方次第、ということになる。

 その人が強迫観念や強迫行為によって困っているのなら、まずは通院されたらよいだろう。ただし、本人がそこまで困っていないのなら、他者が強制的に受診させる必要もないかと思う。しかし、自分の行為に「あれ? これって少しやりすぎじゃない…?」と疑問に感じているにも関わらず、その行為が次第にエスカレートしていくような場合には、そのまま放置せず、一度医療機関を受診して、専門医に相談することをお勧めする。(駒沢メンタルクリニック 李一奉院長、東京都世田谷区駒沢2−6−16、TEL 03・3414・8198、http://komazawa246.com/)

[朝鮮新報 2009.8.20]