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〈本の紹介〉 社会の中の

社会的存在としての科学

 2012年に強盛大国の大門を開く、周知のように現時点の朝鮮の基本スローガンである。その鍵を握るのが科学技術であるが、ただし科学技術が発展すれば強盛大国になるわけではないというのは、今の日本をみれば明らかである。では、逆に科学史において強盛大国とはいったいどのような意味を持つのだろうか? ふと、このような問いが頭をよぎった。それを解き明かすためには科学技術と社会との関係に対する深い洞察が必要となるが、近年、このような問題を追究する科学技術社会論(STS)という分野が確立している。そこで、まずは予備知識を得ようと手にしたのが、放送大学のテキストとして出版された本書である。

 著者である中島秀人氏は、「ロバート・フック―ニュートンに消された男」(朝日選書)で大佛次郎賞を最年少で受賞し、近年はSTSに関する研究を精力的に行っている人であるが、筆者との付き合いも長く、その内容は期待にたがわないだろうという安心感があった。

 科学・技術は、科学者や技術者が集団になり社会組織を作って営まれて、その成果が深く社会に浸透することで社会全体の活動に大きな影響を与えるという意味で、それは社会的存在と著者は指摘する。本書の目的は科学・技術が社会的存在となった経緯を歴史的にたどるというもの。

 前半はどちらかといえばオーソドックスな科学史の重要事項を取り上げ科学・技術とは何かを考察し、後半でSTS観点を前面に押し出し科学・技術が一体化していく過程を追いながら社会的存在としての性格を強めていったことを解き明かしている。各章の冒頭には「学習目標とポイント」を置き、たくさんの図・表を挿入しながらの本文の記述もわかりやすく、最後に学習課題を提示するなど、教科書としての完成度は高い。唯一、不満な点は東洋の科学・技術についてほとんど触れられていないことであるが、それは冒頭に述べた問いとともに筆者の課題としよう。(中島秀人著、日本放送出版協会、2300円+税、TEL 03・3502・2750)(任正爀、朝鮮大学校理工学部教授)

[朝鮮新報 2009.9.11]