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〈朝鮮と日本の詩人-107-〉 沢村光博

ジュリアおたあさま

 人の名前は 突然 失われることがあるものだから新しい名前を生きていこうとすることも

 名前を失った/朝鮮難民の/頬の汚れた一人の幼女―/一五九八年/文禄の役に出陣したアゴスチーノ小西行長は/その子を/戦場から日本へ連れてかえった/自分の娘といっしょに育てた/彼女は おたあさまと呼ばれ/キリシタンの洗礼をうけて/ジュリアともなった/−このひとりの女の かりそめの名前と/ほんとうの名前を/どこで見分けることができるだろうか

 人の名前は ついに失われることがあるものだから新しい名前を生きようと試みることも

 聖なる水が額をぬらし/ジュリアとなった その/新しい名前が彼女の運命をつくっていった/家康の大奥から追放された/この美貌の処女は/洋上の孤島/神津島の岩山のかげで/沈黙の四十年を過ごし/世界から去った

 おお かりそめの名前と ほんとうの名前を われわれは/どこで見分けることができるだろうか/彼女はある日 自分のほんとうの名前がどれかを/さとっただろうか

 彼女は 自分の心の中の/純粋の無国籍の部分に/永遠の神を/住まわせていた/恋もなかった/父母も知らなかった/神津島の海鳴りの夜を/デウス マリアの名で満たしていた/哀しく 美しく/デウス マリアの名で満たしていた。

 「ジュリア記」の全文である。豊臣秀吉の朝鮮侵略は「人さらい戦争」ともいわれている。侵略軍の武将らは、陶工・学者・技術者に加えて、万をこえる女性を拉致し、その多くを奴隷として海外に売り渡し、また慰みものにした。この詩は、実在の女性をモデルにしたのではないかと思われる。「洋上の孤島」で人知れず絶命した朝鮮女性の悲惨を、詩人はクリスチャンの目で冷徹にとらえ、十字を切っている。沢村光博は詩集「火の分析」でH氏賞を得たクリスチャン詩人で「沢村光博全詩集」を残した。(卞宰洙 文芸評論家)

[朝鮮新報 2009.10.13]