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映画「牛の鈴音」 実直な生の美しさを描く

 生きることは地味で単純なことだ。最新の技術も派手な装飾もない素朴な生の美しさをあらためて気づかせてくれる作品だ。

 慶尚北道奉化郡で農業を営むチェ・ウォンギュン、イ・サムスン夫妻。9人の子どもは独立し、30年ともに働いてきた牛とともに暮らしている。何よりも牛を可愛がるチェさん。牛の餌のために畑に農薬もまかない。畑仕事は機械を一切使わず牛を引いて行う。老いた夫婦への負担は大きいがそれでも一日も仕事を休むことはない。そんなチェさんに妻の不満は尽きない。ある日、牛の余命が残りわずかだと宣告される。チェさんも体の不調を訴えはじめ、周囲は牛を売り仕事を辞めるよう進言する−。

 老夫婦の生活と映画そのものはきわめて単調だ。老夫婦と牛の暮らしは毎日が同じことの繰り返し。老夫婦のゆっくりとした動きに合わせて作品も展開される。

 しかし、それが不思議と退屈ではない。作品にナレーションがなく映像のほとんどが固定カメラで撮影されているため、老夫婦の隣人になったような気分になるからかもしれない。

 科学技術の発展によって、人びとの生活は超高速で変化し続けている。それは人類の偉大な進歩である反面、政治や経済の歪みも生み人びとの「幸せ」や「安心」の本質を歪めてしまっている。劇中、病院にいくため牛の荷台に乗り街へ出向いた夫妻が、米国産牛肉輸入の反対デモを繰り広げる市民らの前で止まり眺める姿はその本質を鋭く突いている。

 かつて南朝鮮は貧しかった。役牛のいる日常はありふれた光景だったが、70年代に「漢江の奇跡」などと持てはやされた陰で次第に失われていった。

 南朝鮮は、97年のアジア通貨危機のあおりを受け失業者が急増した。その事実が、本作が初の作品となったイ・チュンニョル監督の制作動機だった。

 本作は南朝鮮で累計300万人動員という驚異的な記録を作り、「牛の鈴症候群」と呼ばれる社会現象まで巻き起こした。

 大国パワーの衝突による政治不安、米国発の金融危機による経済不安で揺れる時代に、自然に抗うことなく労働し生を営む老夫婦の実直な姿は、不安定な生活を余儀なくされている私たちの琴線を震わせる。(呉陽希記者)

 12月よりシネマライズ、シネマート心斎橋ほか全国ロードショー。

[朝鮮新報 2009.11.13]