民意は「北南対決反対」、揺れ動く南の政治情勢 |
「失われた10年」ではなかった 李明博政権に対する「中間評価」の意味合いをもつ「6.2統一地方選」で与党が惨敗し、南朝鮮の政治情勢が揺れ動いている。哨戒船沈没事件を北と結びつけ、安保不安を煽ることで政権与党の安定的勝利を見越した保守勢力は、「予想外の結果」に打撃を受け混乱に陥った。野党は現政権の失政を厳しく非難し、北南関係改善と平和の構築を重要課題のひとつと位置付け攻勢を強めている。
戦争危機と選挙
対北政策の主導権をめぐる与野党攻防の逆転現象は、今回の選挙結果を反映したものだ。しかし李明博政権の対北強硬路線が軌道修正される兆しはない。哨戒船沈没問題を国連安保理に提起し、大統領自らが「北が恐れるような実質的な措置を講じなければならない」と従来の「報復論」を繰り返している。 今回の統一地方選について李明博大統領は「国政を預かる者として、選挙結果を重く受け止めている」「今後、国民の望む変化の声にもっと耳を傾けようと思う」と「反省の弁」を述べているが、哨戒船問題での対応を見るかぎり、与党敗北の意味を理解せず民意を無視している。 選挙の直前、哨戒船の沈没原因を北の魚雷攻撃と断定する「調査結果」が発表されたにもかかわらず、朝鮮半島の軍事的緊張と「反北」世論の広がりによって与党に有利な風が吹くとの目論みは外れた。統一地方選の結果は、李明博政権の展望なき民族対決路線に対する痛烈な審判だ。 戦争に反対し民族和解と平和を求める有権者の投票行動によって、政権が主張してきた「失われた10年」論の虚構は暴かれた。10年ぶりの保守政権は金大中、盧武鉉政権時代に結ばれた北南首脳合意を否定し強硬一辺倒の対北政策を進めてきたが、「北の仕業」とされた哨戒船沈没事件の衝撃に対しても南朝鮮の民心は揺るがなかった。6.15共同宣言発表以前の冷戦対決時代へと逆行する動きに対して明確に「ノー」を突きつけた。 「対話で解決すべき」 2000年以降、北南首脳合意による協力と交流が続いた。南でも北に対する同族意識が広がり、根付いていった。保守政権の登場によっても、その流れが絶えることはなかった。 選挙後、南朝鮮の経済紙「マネートゥデイ」とメディアリサーチが合同で行った世論調査(9日)によると、李明博大統領の国政運営に関する回答は「よくやっていない」(48.8%)が「よくやっている」(42.3%)を上回っている。残りの任期中に解決すべき課題としては、「雇用創出」「貧富格差解消」に次いで「北南関係改善」が多かった。経済紙の調査でも対北政策の変更を求める世論の高さが示された。 日本の新聞、テレビは哨戒船沈没事件で強硬姿勢をとる大統領が世論の絶対的支持を受けているかのような報道を続けてきたが、南の現状はメディアがつくりあげたイメージとは異なる。世論調査でも事件以降の北南関係に関して「北との対話で問題を解決すべき」という回答が34.6%で最も多かった。 地方選で躍進した野党・民主党の院内代表である朴智元議員は臨時国会で演説(10日)し、「対北強硬策を全面的に修正せよ」と迫った。哨戒船沈没問題では、平和と安定を望む世論を背景に「(北攻撃説に対して指摘されている)すべての疑惑を検証し事実関係を明らかにしなければならない」と主張した。李明博政権が目指した国連安保理での「制裁決議」についても実現不可能だと指摘し、対北強硬策がむしろ外交的孤立を招いたと非難した。 「6.15勢力」の躍進 臨時国会で民意を代弁した朴議員は、金大中元大統領の側近で2000年の北南首脳会談実現に関与した人物だ。統一地方選では盧武鉉前大統領につらなる人脈が動き、前政権関係者も立候補した。広域自治体首長の当選者も少なくない。今回の選挙結果が「『6.15』『10.4』勢力の勝利」といわれる所以だ。 地方選敗北で鄭夢準代表が辞任したハンナラ党は内部で権力再編の動きが始まった。与党の一部にも従来の対北政策に対する批判が出ている。 李明博大統領の任期後半は、大きな転換を余儀なくされている。2012年には国会議員選挙、大統領選挙がある。これまでのように世論に背を向ければ、与党の関心は一気に「次期大統領」に移り、レームダックが加速化する。 何よりも「6.15」「10.4」を否定し北南の危機的状況を放置すれば、今回の選挙結果を上回る民意の反発を招くことになるだろう。「失われた10年」を主張した政権が弱体化し、断絶された北南関係を復元しようとする政治的流れがいっそう強まると予想される。(金志永記者) [朝鮮新報 2010.6.16] |