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〈2010W杯〉 帰国した朝鮮代表 2014年見据え

W杯の経験、チーム強化の糧に

相手のクロスボールをクリアする鄭大世選手(対ブラジル戦)

 44年ぶりにサッカーW杯に出場した朝鮮代表は、世界屈指の強豪がそろったグループGでたたかった。決勝トーナメント進出はならなかったが、大きな国際経験を積んだ。グループリーグ最終戦直後の選手、関係者の言葉からは、世界のひのき舞台に戻ってくるんだという意志、「千里馬朝鮮」の勇姿を世界各地の同胞に見せたいという決意が伝わってきた。

 選手団のキム・ジャンサン団長(朝鮮体育指導委員会副委員長)は今大会を振り返り、こう語った。

 「たくさんの教訓を得た。ブラジル代表などの実力がしっかりとわかった。今後、もっともっとレベルアップしなければ。堂々とした姿でこの場に戻ってこなければならない」

 試合出場の機会は少なかったものの、チームを支えたナム・ソンチョル選手。チーム内で信頼の厚いナム選手は、「メンタル、フィジカルなどすべての面でまだまだ未熟。しかし、世界最高峰の舞台でそのような経験を積んだという点に意義がある」と述べた。

試合中、見方に積極的に指示を出す安英学選手(対コートジボワール戦)

 ディフェンスラインの真ん中で強いフィジカルプレーを披露し、本大会出場の原動力となったリ・ジュンイル選手は、「世界レベルの技術について、学ぶべき点が一つや二つではなく非常に多かった。2014年大会ではベスト16を目指したい」と語った。

 GKのリ・ミョングク選手は、「期待に応えることができなかった。ハイレベルなチームとの対戦で緊張していた」と正直な気持ちを述べた。世界の壁は厚かったが、これからいっそう精進し、「『祖国の関門』をこれからも守りたい」と語った。

 在日同胞選手は、大会出場が生んださまざまな効果のなかでもとりわけ、朝鮮学校に通う後輩たちに「W杯が夢ではなく目標」となったことへの大きな意義を感じていた。

 鄭大世選手は「後輩たちに道を示せたと思う。ぜひ僕たちを超えてもらいたい」と笑顔で語った。

出番はなかったがサポート役に徹した梁勇基選手

 選手団役員としてチームに同行した在日本朝鮮人蹴球協会の李康弘理事長は、在日同胞選手らが学生時代、「特別な生徒」ではなかったと述べながら、彼らは毎年夏に行われる朝鮮学校児童たちの「コマチュック大会」で育った選手たちだとし、「猛練習を積めばW杯出場も夢ではない」という希望が広がったことを強調した。そして、「朝鮮はすでに4年後を見据えており、選手育成と大会準備における祖国との連携がより緊密になるだろう」と明かした。

 前線で活躍したホン・ヨンジョ主将は、朝鮮人民と総連同胞の応援と期待に応えることができなかったことに謝意を表し、在日同胞選手たちへの気づかいを見せた。

 「在日同胞選手は日本に帰ったら代表チームから離れ一人になる。この期間中、すばらしい活躍を見せてくれたが、チームの結果が良くなかったので、キャプテンとしても申しわけないという気持ちでいっぱいだ。ぜひ彼らを温かく迎えてもらいたい」

 一方、朝鮮代表は6月29日、南アフリカのヨハネスブルグから平壌に帰国。在日同胞選手は1日、平壌から成田国際空港に到着した。総連中央の金尚一・民族圏委員会副委員長、在日本朝鮮人体育連合会、在日本朝鮮人蹴球協会の役員らが在日3選手と金光浩・代表コーチ(在日本朝鮮人蹴球協会副会長)を温かい拍手で迎えた。(李東浩記者)

[朝鮮新報 2010.7.5]