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東日本大震災 青森対策委の救援活動

同胞社会はひとつ

3月16日、救援活動に励んだ北海道からの救援隊と青森の活動家たち

 総連緊急対策委青森県本部では、東日本大震災によって甚大な被害をこうむった東北地方の同胞に対する救援活動を行っている。

 青森の同胞の中にも宮城、岩手、福島など被害が大きかった地域に家族や親類たちが住んでいるというケースがある。青森本部では26世帯を割り出し、まず、各総連本部に安否の確認を取った。不明な場合も本部の活動家が引き続き確認作業を行った。

 常日頃から、東北地方にある各総連本部とは互いに連携を取り合ってきた。震災発生後も各本部の委員長たちと連絡を取り合い、情報を共有し励まし合った。

 しかし、青森もまた、被災地である。地震発生当時、岩手と隣接する青森でも揺れが大きく、電気が途絶え、携帯電話や固定電話などの通信手段も麻痺した。その上、3月中旬にもかかわらず、降雪量も多く厳しい寒さが続いていた。

 翌日には、すべての活動家たちが本部に集まり、緊急会議を開いた。その後、雪で視界がさえぎられ積雪が深い道程の中を、車や徒歩で県内の同胞宅を訪ね回ったり、徐々に回復し始めた携帯電話などで連絡を取り、被害状況を把握した。3月13日には、グループを分けて被害が大きかった八戸市へ入り、おにぎりと飲料水を同胞たちに配って回った。

 八戸市内は、津波によって船が陸に打ち上げられ、民家や商店などが崩壊していたりと、沿岸地域は壊滅状態だった。陸地に押し寄せた海水が引ききっておらず、車が通るにも一苦労だった。船舶業を営むある同胞は、津波の影響で事務所内はめちゃくちゃで機械装置は壊れていた。

 また、青森には大間原子力発電所、六ヶ所村に核燃料再処理施設があり、依然、余震が続く中で目に見えない恐怖とたたかっていた。

 その一方、青森だけでなく、岩手や宮城、福島などの総連組織、同胞たちの被害が甚大であるという情報を受け、なんとか力になりたいという思いを深めた。

 震災から6日目、総連北海道本部の救援隊が岩手へ救援物資を届けるために青森を経由した。彼らの話を聞き、強い刺激を受けた青森の活動家たちは、急遽、救援物資を呼びかけ、集まった物資を北海道の救援隊の車に積み岩手に送った。

 その後、総連青森の力と同胞たちの真心を一つに、岩手の同胞あての救援物資を2次、3次と準備し、総連岩手本部に直接届けた。活動家たちの中には、ガソリン不足や高速道路の通行止めなどで、不安な気持ちもあったが、「行けばなんとかなる(가면 된다)」という心意気で救援活動に奮起した。

 救援活動には、青森県青商会の力も大きかった。朴永光会長(北東北青商会幹事長)は、人一倍活動に励んだ。朴会長は、地震の影響で自営の商売が麻痺状態にあったにもかかわらず、仕事を押してでもセセデ団体である青商会が先頭に立たなければならないと、物心両面で活動に取り組んだ。

 震災の翌日、自宅のライフラインが途絶えた活動家たちを家に招き、食事をまかない鼓舞した。3月18日には、活動家らと共に、ガス器具などの救援物資を車に積み岩手へと向かった。また、その道中に青森のある朝青員の両親が生活する釜石市の避難所にも足を運び激励した。

 自らが被災しても、隣人を助ける。総連青森県本部の金致男委員長は、「同胞社会はひとつ。青森は青森、岩手は岩手だけではなく、どこにいても支え合える。これぞ、同胞社会の一心団結の力」と語る。

 青森では、総連中央緊急対策委の呼びかけに呼応し、引き続き同胞救援活動に積極的に取り組んでいる。【総連緊急対策委青森県本部】

[朝鮮新報 2011.4.6]