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震災後初の大衆行事「ヒムネジャ! 宮城同胞モイム」

歌い、踊り、笑顔いっぱいに

金剛山歌劇団の歌舞に合わせ、歌い踊った宮城の同胞たち

 「ヒムネジャ! 宮城同胞モイム」が4月29日、東北朝鮮初中級学校で行われた。3月11日の大震災以降、初めて行われた大規模同胞行事には、総連緊急対策委員会宮城県本部のメンバーと県下数多くの同胞、県外から参加した来ひん、金剛山歌劇団など約350人が参加した。

 行事は宮城同胞が力を合わせ、学校と組織を復旧させていこうという趣旨で行われた。

 会場ではこの日、人権協会から派遣された専門家集団が同胞生活相談所を開設した。また、東北初中では授業参観と少年団入団式、青商会「ウリウリコッポンオリコンサート」が行われた。

 「大地は揺れても宮城同胞の心は揺れていません!」。総連緊急対策委宮城県本部の李英植委員長(総連宮城県本部委員長)は大震災以降、金正日総書記から送られてきた慰問金と各地組織と同胞たちによる救援運動に鼓舞され、復旧活動にまい進してきた県下組織と同胞社会の姿について、このように力強く振り返った。

 参加者たちはこの日、山口の同胞が物資として送った牛肉を使った焼肉と大阪の日本人職人が会場で作る寿司、各地同胞から送られてきた飲食をおいしそうに食べていた。東北初中生徒らは売上金を学校補修費に使うためポップコーンなどを販売した。

 この日、宮城の同胞は大震災以降、初めて集まり、歌い、踊った。その契機を作ったのは慰問の舞台を繰り広げた金剛山歌劇団だった。同胞らが歌劇団のリズムに合わせ踊り出した。金正日総書記からの慰問金を総連中央の許宗萬責任副議長から直接受け取った1世同胞が踊り始めると、多くの同胞らも歌い、踊りの輪を広げていった。「歌舞は時期尚早ではないか」という不安がかき消され、元気いっぱいの雰囲気のなか、東北初中の校歌で宴の幕は閉じた。一方、金剛山歌劇団は日本の避難所で慰問公演を行った。

参加者たちは宮城の復旧に向け、力強く校歌を合唱した

 仙石地域から学校を訪れたという李紅順さん(64)は、雨が降るなかで見た歌と踊りは最高だった、涙が出てきたと話しながら、「われわれの力強い組織の姿から元気をもらった。がんばって復旧をめざしたい」と強調した。大震災後、多賀城市の避難所で母親と40日間生活していたという李さんは、総書記から送られてきた慰問金を受け取った。そのとき、女性同盟の活動に積極的に関わっていなかったため、心が苦しかったという。この日は体に染み付いているという朝鮮の歌と踊りの素晴らしさを改めて感じたそうだ。李さんの母で84歳の許良子さんは「私も今日、歌を歌って、踊りを踊った。ほんとうに感激だよ。在日同胞が歩んできた一筋の道が披露された舞台だったからね!」とうれしそうに語った。

 東北初中学父母の朴徳成さん(40)は宮城の対策委メンバーへ感謝の意を表していた。とくに、寄宿舎で臨時にスタートした学校生活は、子どもたちの不安をなくしてくれたと感慨深く語った。「大震災以降、初めて観た舞台だっただけに、いっそう印象深い。悲しい経験をした同胞たちに、前向きに生きようと励ましてくれた公演を観たひとりとして、組織と学校を建設した1世の生き方の原点に戻って、多くの同胞と力をひとつに合わせていきたい」。

 他県から母校を訪ねた卒業生も多かった。東京からきたというプロボクサーで同校卒業生の金樹延さん(25)は、同世代の朝青員が復旧活動をがんばっている姿を発奮材料にしなくてはならないと母校で自らを奮い立たせ、ボクシング界で活躍して東北地方の同胞に力と勇気を与えたいと話していた。

 東北初中の金怜華さん(中3)は、この日の歌劇団公演が、生徒たちの心も楽しませてくれていたと振り返った。金さんによると、この日後輩と一緒に学校補修費のための飲食を販売し、完売したという。その過程で、「私たち生徒は大きなお金を寄付することができないけど、バザーなどを手伝って後輩たちが新たな校舎で勉強できるようにしてあげたい」と切実に感じるようになったと語った。

 一方、宮城の対策委メンバーは、同胞たちの笑顔に震災後から続けてきた救援活動の意義を感じていた。また、宮城同胞社会の復旧に向け、いっそうがんばっていこうと新たな決意を示していた。(李東浩)

[朝鮮新報 2011.5.7]