迫害の深層――衛星打ち上げがなぜ(8)/西野留美子 ルポライター
偏った報道が人権侵害誘発/「黙っていてはいけない」
共和国の「ミサイル発射」報道を機に、朝鮮学校や同校に通う女生徒への嫌がらせや脅迫、暴行事件が一気に吹き出した。
8月31日の「ミサイル」報道の翌日、西東京朝鮮第1初中級学校の中級部1年の女生徒が下校途中、男に傘で殴られ、唾を吐き掛けられる事件が起きたが、それから1ヵ月間だけでも約40件、立て続けに事件が引き起こされた。
朝鮮人学生への人権侵害事件はこれまでも事あるごとに繰り返されてきたが、マスコミの不正確で偏った報道ラッシュが事件を誘発するという構図は、今回にも当てはまる。
しかし、今回の一連の事件に見られる特徴は、これまでの「朝鮮人がなぜ日本にいるのだ」などといった、歴史認識の欠如やレイシズム(民族主義)に由来する行為よりも、「ミサイル発射」という脅威の喧伝による、殺意や敵意がむき出しの暴力、脅迫が多いということだ。
駅のホームでカッターナイフで切り付けられた事件などはまさに生存を脅かす犯罪であり、事件は今までになく深刻化、悪質化していると言える。
暴言や暴行は電車の中やホームなど公衆の真っただ中で起きているが、周囲の人たちの見て見ぬふりは、ただ巻き込まれたくないという保身的な行為というよりは、そこに「意思的な沈黙」すら感じる。
沈黙は犯罪を容認し、見逃す行為であり、被害に遭っている生徒を孤立化させ、絶望的な不安と恐怖に陥れる行為だ。
こうした事件を訴えると、時に「しかし北朝鮮だって、いつ日本に攻めて来るか分からない」という答えが返ってくることがある。人権侵害を正当化するこのような意識が、沈黙を生み出しているのではなかろうか。
とはいえ、こうした事件に対する抗議の声がじわじわと広がっているのも事実だ。先立って、私が所属する「VAWW―NET Japan」(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)で、適切で迅速な対応を求める総理と衆参両院議長あての要望書への賛同要請をインターネットで流したところ、1週間足らずで女性を中心に300人を超える賛同が集まった。
そこには「黙っていてはいけないと思った」「日本人としてあまりに恥ずかしいことだ」などといったメッセージが数多く書き添えられていた。女性たちの反応の早さと人権侵害を許さない強い意志には、一条の希望を見出せる。
日本政府は先の国連規約人権委員会で、朝鮮人学校の児童・生徒に対する暴行事件への対応に関し、「事件の防止を呼びかけるポスターやリーフレットの配布、ポスターの掲示、街頭啓蒙活動を積極的に実施している」などと報告した。
しかし実際、こうした対応を目にしたことはほとんどないし、またポスターというのも人権侵害一般を対象としたもので、朝鮮人に対する事件の防止という内容ではないことが分かった。これはあまりにも情けない。
日本政府は人種差別撤廃条約や国連人権規約、国連子どもの権利条約を批准している。批准国として責任ある積極的な対応を速やかに取るべきであろう。
過去への責任と今現在起こっている事態は、決して無関係ではない。こうした事態について、1人でも多くの日本人が声を上げ、立ち上がってほしいと思う。 (根、文責編集部)=おわり
にしの・るみこ 1952年生まれ。ルポライター。「VAWW―NET Japan」副代表、日本の戦争責任資料センターの幹事、研究員を兼任。