キトラ古墳――4神図と星宿図を確認/原点は高句麗
在日本朝鮮歴史考古学協会会長 全浩天
中国・唐に類例なく
さる3月6日、奈良・明日香村のキトラ古墳(7世紀後半―8世紀初頭)に対する調査が墳丘内の石室に挿入した超小型カメラによって行われたことが大々的に報じられた。
「キトラ古墳学術調査団」の発表によれば、石槨(せっかく)内の天井石には「星宿(せいしゅく=星座)図」が描かれ、東壁に青龍、西壁に白虎が描かれていることが判明。画期的な発見だという。
83年11月の調査で玄武が確認されているので、これで玄武、青龍、白虎が描かれていることが証明された。南壁に描かれているはずの朱雀は機械装置のために確認できなかったが、東側と西側天井の下に日、月が描かれていることがおぼろげながら分かると言い、天井に「星宿図」と「日月像」、東西南北の壁に「四神図」(青龍、白虎、朱雀、玄武)を描いていることになる。このようにキトラ古墳壁画は墓室内に日月、星宿、四神を一体として描いているのだ。
このように墓室内に一体化した四神図を描いた壁画は、高句麗壁画古墳だけにみられる独自で典型的な「四神図」壁画であって、中国・唐にも類例がない。
6世紀に石刻天文図
多くの人が驚嘆し、高い評価を惜しまなかったのはキトラ古墳の天井に描かれた精密な天体図であった。この星宿図には、太陽の軌道や星の運行を示す三重の円が描かれているばかりでなく、その内側には赤道と交差する黄道を示すもう一つの円がある。
壁画古墳として発見された高松塚の天井にも精度の高い星宿図が描かれているが、その高松塚の星宿図よりもキトラのそれは、より高度な天文知識で描かれていると指摘されている。
このような星宿図で中国で現存している最古のものは、13世紀の南宋淳祐天文図碑(中国・蘇州孔子廟)である。とするならば、キトラの天文図は中国よりも古く、最古級のものとなる。それではキトラ古墳の天体図はどこの天文知識、技術を手本として、どこの人々が描いたのであろうか。
ここでまず、古朝鮮と高句麗の天文学知識と天文図の伝統が考慮されねばならない。
最近の調査によれば、平壌一帯に存在する支石墓の数は1万4000基にも達するが、星座が彫られた支石墓の数は200余基もある。そこに穿たれた星座の多くは天井石にあった。穿たれた星座を検証してみると北斗七星などの星座を持つ支石墓30余基が明らかにされ、確認された。
支石墓にみるような古朝鮮の天文知識は、高句麗に継承され、発展した。高句麗壁画古墳90基のうちの21基に星宿図が描かれている。それらは徳花里1、2号墳や真坡里四号墳をはじめ、薬水里、徳興里、伏獅里壁画古墳、星塚、角抵塚、舞踊塚などである。
ここで注目されるのは、星座を表現した高句麗の刻石の天文図である。
6世紀と認められる石刻天文図は北極を中心にして1464個の星が282の星座に表現されている。また、そこにはキトラ古墳でも描かれていた赤道円、黄道円はもちろんのこと、北極円、経度円なども示されている。これを写した図によって1395年に「天象列次分野之図」(朝鮮最古の天文図)が製作されたことはつとに知られている。
絵師の高い技術示す
キトラ古墳は純粋な四神図壁画古墳であり、高句麗の四神図壁画古墳のカテゴリーに属する。天井に天文図と日月像があり、石槨内の壁面には四神以外は一切なく、人物も風景も何も描かれていない。
新しく発見されたのは東壁に描かれた青龍、西壁に描かれた白虎である。白虎は高松塚のそれより、確かに「力強く、躍動的であり、写実的で絵師の技術の高さ」を示している。ただこの白虎は高松塚とは違って、南向きではなく北の方を見ているのが特徴的である。
ある専門家たちは、「キトラ古墳の白虎の向きは高句麗と逆である」としながら、「中国思想がそのまま表現されている」と述べているが、北向きの白虎は、高句麗壁画にもある。朝鮮画の原点として位置づけられる風景画を持つ平壌の真坡里1号墳の白虎がそうである。
キトラ古墳と違うと言えば、青龍も北を向いていること。真坡里1号墳は6世紀の典型的な四神図壁画古墳である。
朝鮮移住民の集中地
高句麗壁画の玄武と青龍、白虎はキトラ古墳の玄武と青龍、白虎の原点であり、故郷と言うにふさわしい。
キトラ古墳を築き、壁画を描いたのは高句麗の絵師集団であり、星宿図および高句麗石刻天文図の伝統と優れた天文学の知識、最新の研究成果を持つ高句麗からの「今来の手伎」(いまきのてひと)に属する技術者であろう。
キトラ古墳の周辺は高句麗特有の寺院伽藍配置である「一塔三金堂様式」を持つ飛鳥寺をはじめ、高句麗文化が濃密である。また、朝鮮と関わる天皇陵も多く、東漢(やまとのあや)をはじめとする朝鮮移住民の集中地帯でもある。
被葬者は、死後も生前の生活と威光を守り生きたいと願って四神墓に眠るのであるから、高句麗と深く関わる王クラスの大立者であろう。(見出し、中見出しは編集部)