sinboj_hedline.gif (1986 バイト)

同胞高齢者の現状を聞く/社会保障から置き去り

庄屋怜子・神戸女子大教授
中山徹・大阪府立大助教授


配慮欠く行政のアクセス―中山/厳しい生活、厚い要保護層

 日本は21世紀の早い時期に、人口の4分の1が65歳以上になる超高齢化時代を迎えるが、在日同胞社会でも同様に高齢化が進んでいる。総聯は今後、同胞高齢者の問題により積極的に対処していく方針を第18回全体大会で打ち出した。同胞高齢者は今、どんな問題を抱えていて、組織が期待される役割は何なのか――。1991年から96年にかけて大阪府下に住む在日同胞を対象にアンケートや聞き取り調査を行った庄屋怜子・神戸女子大教授と中山徹・大阪府立大助教授に聞いた。(賢、文責編集部)

 

急を要する問題

――調査を行った経緯は

 庄屋 在日外国人人口に占める生活保護の受給者数は日本人の場合の3倍に上るが、在日朝鮮人の多い大阪市生野区や東成区でもその傾向は顕著だ。在日朝鮮人の生活構造はどうなっていて、そこに歴史的経緯の問題がどう織り込まれているか、また、それに対し日本の各制度が機能しているかどうかを明らかにしようと調査を始めた。

 当初は高齢者問題に限っていなかったが、調査を進める過程で高い生活保護率の背景に大量の無年金高齢者が存在することが分かり、この層を調査・研究の主な対象とした。

 

間違った情報も

――無年金高齢者の現状は

 庄屋 生活保護率の高さは、生活の厳しさを端的に表している。しかし、無年金で生活が苦しくても、容易に生活保護を受けられない層はさらに厚い。

 在日外国人は生活保護法において、日本人に対する「取扱いに準じて必要と認める保護を行う」いわば準用対象で、権利の主体とは認められていない。そのため保護申請を出しても、居住性が極めて悪くても持ち家がある場合には受理されなかったり、子供が多い場合には、親を大事にする儒教的考えを持っているから、仕送りがあるだろうと「見込み認定」していることがあるようだ。

 調査対象者に、病院通いをしながら毎日ダンボール回収をしている高齢夫婦(夫76歳、妻78歳)がいた。妻は20年来腰にコルセットを巻いている。月収はわずかなのに、回収したダンボールを置く必要もあって14坪の家を所有しているために、保護を断られたという。

 中山 また、年金改革が行われた86年4月1日までに60歳に達していた人は今も年金制度から排除されたままだが、本来年金を受給可能であった年齢層の中にも受給できていない人が多い。96年に行った調査対象者のうち、年金加入が可能だった年齢層の約5割が未加入だった。

 これは行政からの説明が不徹底であることの影響が大きい。国民年金の国籍条項撤廃以後にとられた救済措置の内容は複雑だ。かなり懇切丁寧に解説しなければ、とくに在日朝鮮人の高齢者には伝わらない。

 それなのに行政が出しているハングルのパンフレットを見ると、受給には25年必要であることだけ指摘されていて、「カラ期間」のことなど一切触れていない。普通に読めば、「期間が足りないからだめだ」と諦めてしまう。

 庄屋 年金改革の後でも社会保険事務所で「外国人はだめと言われた」「掛けても損ですよと言われた」など、間違った情報を与えられていた例もあった。

 こういう現実があるため、調査の際もこちらが制度の中身を解説しながら「間に合うから早く手続きに行きなさい」と勧め、半ば生活相談のようだった。

 

差別された結果

――高齢者福祉サービスの利用は

 中山 在日朝鮮人の利用率は非常に低い。生野区における、日本人と在日外国人の高齢者人口比率は推計で5対1だ。しかし93年末において、同区居住者のホームヘルプサービス利用者数は日本人13人に対して在日外国人1人、特別養護老人ホームの入所者数は日本人18人に対して在日外国人は1人だ。

 これも行政からのアクセスが不十分なためだ。96年に、府下の65歳以上の在日朝鮮人高齢者を対象に調べたところ、これらサービスについて「申し込み方を知っている」と答えたのはどれも2〜3%程度だった。

 庄屋 それどころか「在日外国人は利用できない」と思っている人が多数いたことには驚かされた。調査を受けて、初めて利用できることを知ったという人が少なくなかった。長きにわたる差別の結果、こうした制度は「自分たちとは関係ない」という意識ができてしまっているようだ。

 

ネットワーク生かし

――民族団体に期待されることは

 中山 ネットワークを生かして、各種制度・サービスへのアクセスを促進することだ。本来は行政がすべきだが、日本語の読み書きに不自由を伴うなどの事情もあり、固有の難しさがあることも否定できない。

 庄屋 専門知識を持つ相談員が求められる。差別の歴史が権利意識にマイナスの働きをしているから、相談内容を掘り起こして行く必要もある。また、制度・サービスの利用資格について、不正確な情報が伝わっている可能性があるので、その点にも注意を払って欲しい。

 中山 ともかく、在日朝鮮人高齢者は日本の社会保障制度から置き去りにされている。このうえに2000年からスタートする介護保険法など新しい制度が重なって行けば、事態はさらに複雑化しかねない。

 庄屋 早期の是正が必要だが、それには表面的な変化だけでは駄目で、各制度や行政の在り方が本質的に変わらなければいけない。

 ※ 庄屋怜子・中山徹両氏の調査・研究結果は著書「高齢在日韓国・朝鮮人―大阪における『在日』の生活構造と高齢福祉の課題」にまとめられている。定価は7800円(税別)で、問い合わせは御茶の水書房TEL03−5684−0751。

 

日本政府の年金差別

 日本の国民年金制度は82年1月1日に国籍条項が撤廃されたが、当時35歳以上で60歳未満の人は、仮に社会保険料を納付しても60歳までに年金受給に必要な25年の資格期間を満たせないことになった。また当時60歳に達していた人も年齢要件を満たせず、国民年金に加入できなかった。その後、86年の法改正時に一部救済措置が取られ、在日外国人が国民年金から排除されていた61年4月1日から82年1月1日までの20年9ヵ月が、資格期間に合算されることになった。

 ただし「(日本)国籍取得者」、「永住者」が対象で、この合算対象期間も年金額を決める期間には認められない「カラ期間」になった。そしてこの時点で60歳を超えていた在日外国人には、この「カラ期間」も適用されず、今日まで無年金状態に置かれている。総聯などの度重なる要請を受けて、多数の自治体が救済のために独自の給付金を支給しているが、日本政府は何ら措置を講じていない。