診察室から

膨大な情報を元に絶ゆまず変化/朴京林


 この10月から日本では来るべき高齢化に向けて介護保険認定作業が開始された。2000年4月からの介護保険制度発足に向けていよいよ各部門での実務作業が本格化している。新聞、雑誌、テレビ、インターネット等マスコミはもちろん、産業界もこれを一大ビジネスチャンスとばかりに高齢化社会に向かって邁進している今日この頃である。

 さて、先頃NHKで放映されたある番組の中のひとコマが筆者に大きな感銘を与えてくれた。それは米国のある企業に80年以上勤務し、104歳にしてなお現場のサラリーマンである男性の少し丸まった背中の確かな後姿であった。今も週3回通勤する彼の信条は 変化をおそれない である。民族や文化の違いから年齢を重ねることに対する意義や価値観はさまざまであろうが、自らの考えを長い人生経験において実践し、さらにその確信を深める日々を送っているのは素晴らしい。

 私たちは21世紀に向けて高齢化社会だけでなく遺伝子とも正面から向かい合うことになる。私たちの体の中では遺伝子に記された膨大な情報を元に、細胞たちが外部からの変化に対応して刻一刻と休みなく働き、時には突然変異をも起こす。

 筆者には遺伝子の存在がヒトをはじめとする生物の存在を内面的にとても広がりのあるものに変えてくれたように思われる。しかし、この遺伝子研究にともなって、例えばクローン羊のドリーをはじめヒトに近い哺乳動物のクローンが続々と登場し、商業ベースに乗りつつあるものも出てきた。

 今のところ作製することが世界的に禁止されているヒトのクローンについても、あらゆる方面から研究、論議の対象にされているのは周知の如くである。このことについては人=ヒトの始まりに直接携わる産婦人科の医療現場においても怖いぐらいに身近な現象で、実験室レベルのみならずベッドサイドレベルにおいても取り組まなくてはいけなくなる日は考えている以上に近いかもしれない。

 自らの最期がどのようなものになるかは誰も分からないが、人間の歴史が変化してきたように、人間の体内でも命ある限り活動と変化が繰り返されていく。

 私ごとで恐縮なのだが、夫はいつも 変化の時がチャンスだ のスタンスでやってきたとのこと。身近なところで 変化 に対するアンテナを共有できるのはありがたく思う次第である。(京都大学婦人科学産科学教室医員・研究生)